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商船三井のCarbon Dioxide Removal(CDR)先駆者として手探りでも“路”を拓く

作成者: 商船三井|2026年03月09日

商船三井(MOL)は、2023年4月に「商船三井グループ 環境ビジョン2.2」を策定。その中でさまざまな気候変動対策に対して細かい目標を掲げ、2030年~35年でのマイルストーンの達成に尽力している。その進捗状況は毎年公表しているが、2024年度に初めて「2,000トンのCO₂除去に相当する」という実績が刻まれた。それは、「環境ビジョン2.2」の「アクション4・ネットゼロを可能にするビジネスモデル・気候変動対策」で掲げられていた「CO₂の吸収・除去系カーボンクレジットの使用量」でのことで、「MOLにとっての記念すべきCDRの初成果」でもある。

「削減」だけでなく「除去・固定」という考え方

「温室効果ガスを減らそう」という標語に接したとき、多くの人々は対策として温室効果ガスを「削減する」ことをイメージするだろう。例えば温室効果ガスを排出しない燃料を使う、あるいは燃費効率の良い省エネ技術を開発するなどである。
しかし温室効果ガスを減らすにはもう一つ、「除去(吸収)・固定」という考え方がある。例えば大気中にある温室効果ガスを森林や人為的手法で吸収し、長期間固定することによって大気中のガス量を減らせることになる。温室効果ガスのうちCO₂の「除去・固定」を行うのが「Carbon Dioxide Removal(CDR)」である。大気中や海中のCO₂を除去・固定するとは、言葉を換えればCO₂の排出量を実質的にマイナスにできることであり、そのためCDRは「Negative Emissions」とも呼ばれる。

今、世界の多くの国々が、2050年の「ネットゼロ・エミッション」をめざした取り組みに注力している。しかしCO₂などの温室効果ガスの排出量を減らす(削減する)だけでは、ネットゼロを達成するのは非常に難しい状況にある。そこで、削減するだけでなく、既にある CO₂を除去・固定して目標の実現を加速させようとしているのがCDRである。
MOLでCDR対策を担うカーボンリムーバル事業チームマネージャーの廣瀬義和は、「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書のシナリオでも、1.5度目標を達成するためには 2050年には年間最大で100億トン(10ギガトン)のCO₂除去・固定が必要とされ、そのための方策が世界中で模索されています」と解説する。

廣瀬義和・商船三井カーボンリムーバル事業チームマネージャー

削減だけでは目標に届かない産業ジレンマ

CO₂排出量の多い産業は、排出量削減のための技術開発を続けているが、一方で、ジレンマも抱えている。
例えば国際海運のCO₂排出量は年間約7億トンで、世界全体のCO₂排出量の約2.1%を占めている。国際海事機関(IMO)は2023年に温室効果ガス排出削減に関する新戦略を採択し、2050年頃までに国際海運からの排出を実質ゼロとすることを目標に掲げている。また、2030年までに2008年比で燃費効率(カーボン強度)を少なくとも40%削減したりゼロエミッション燃料などの使用割合を5~10%に拡大することによって全体排出量を20〜30%削減するとしている。 
しかしながら脱炭素に向けた新燃料の選定や新燃料供給のインフラ構築、新燃料に対応する船舶建造などの技術的・経済的課題から、運航中に温室効果ガスを排出しないゼロエミッション船への移行は容易ではなく、2050年になっても化石燃料をエネルギーとする船が一定数残る可能性がある。 

航空業界も似たような状況にある。航空機によるCO₂排出量は国際海運とほぼ同じの世界全体の約2.0~2.6%を占めている。CDR関連ではMOLとも連携している日本航空は、「燃料効率の優れた航空機への更新や運航の工夫、持続可能な代替燃料(SAF)への置き換えなどの取り組みを進めていますが、それでもなお残留排出への対応としてCDRが必ず必要になるためCDR技術を持つ企業の探索などを行っています」(日本航空総務本部ESG推進部GX企画グループの廣谷和生グループ長)という。

MOLグループは、2024年度に1045万トンの温室効果ガスを排出した。5年前の2019年度に比べると約200万トン削減したが、さらなるピッチアップが必要だ。廣瀬チームマネージャーは、「CO₂排出量の多い企業や業界にとってCDRは、本業とは別な領域でCO₂削減に貢献できる貴重な環境対策です。外部インフラなどの構築を待つ必要はなく自社の意思があればさまざまなプロジェクトに取り組めます」とCDRに注力する理由を説明する。

CDRで初めて2000トン相当のカーボンクレジットを得る

MOLグループは2023年4月、「環境ビジョン2.2」を策定した。2050年のネット・ゼロエミッションの実現に向けて、具体的には「5つのアクション」を提示している。
クリーンエネルギーの導入やさらなる省エネ技術の導入、効率オペレーションなどと共に「アクション4」として設定されているのが、「ネットゼロを可能にするビジネスモデルの構築」だ。
ここにCDRへの取り組みが示され、「カーボンクレジットの獲得と活用」がKPIの一つとして掲げられている。 除去・固定できたCO₂など温室効果ガスの量に応じてカーボンクレジットを発行する。これを償却することで、自社のCDR成果とすることができる(売買もできる)。そして2024年度にアクション4のCDRへの取り組みとしては初めて、2,000トンのCO₂排出量に相当するクレジットが実績として報告された。


2050年までのネットゼロ・エミッションを確実に達成するため、アクションごとに進捗を測る定量KPIとマイルストーンを設置した「環境ビジョン2.2」(出典:商船三井サイト

「自然」「技術」「ハイブリッド」からなるCDRアプローチ

具体的な成果に結びつくCDRとはどのようなものなのだろうか。
環境問題の研究者や実務対応者の間でCDRの言葉が認知され、CDRのための研究開発が本格的になったのは15年ほど前である。まだ歴史は浅く、各種の方策や技術などに明確な定義があるわけではないが、現在、CDRの基軸技術としての期待を得、技術開発が進むのが「自然ベース」と「技術ベース」の2つに分類される技術群だ。

自然ベースとは、まさに自然のプロセスを利用することで温室効果ガス、特にCO₂を除去・固定する方法だ。植林や森林再生プロジェクトを実施する「ARR」、海藻の生育促進などにより海洋の炭素固定を促す「ブルーカーボン」、農地の土壌改革などで炭素を固定する「農地改革」などがある。

技術ベースとは、人為的なプロセスを活用する方法だ。大気から直接CO₂を回収する「直接空気回収(DAC)」、バイオマス電力やバイオマス燃料が燃えるときに発生するCO₂を回収する「バイオエネルギー+CO₂回収(BECCS)」がある。

さらに「ハイブリット系」もあり、岩石の表面で発生するCO₂との化学反応を利用することでCO₂を回収する「風化促進」、農業残渣を高温で炭化させて農地に散布することで炭素の固定を促す「バイオ炭」 などがある。

ネガティブ・エミッションは、大きく分けて2つのカテゴリーに分類され、当社は両方の手法に積極的に取り組んでいる。(出典:MOL Solutionsサイト

自然ベースは、カーボンクレジットの公正な測定や検証基準などが課題に

MOLによるCDRのこれまでの取り組み例を表にまとめてみた。取り組みのポートフォリオは、自然ベースと技術ベースが混在している。

MOLに初めてCDRの担当者が任命されたのは2022年 のこと。社内提案制度を通じてブルーカーボン事業が提案され、事業化検証を経て2022年1月に同事業を担うカーボン事業チームが立ち上げられた。そして初CDRとなったのが2022年、インドネシア・南スマトラ州でのマングローブ保全活動に参画してカーボンクレジットを得ることだった。
保全活動は2013年からワイエルフォレスト社によって展開されており、30年間のプロジェクト計画で、マングローブ林の保全活動によって約500万トンのCO₂の排出を抑制し、9,500ヘクタールの新規植林によって600万トンのCO₂を除去・固定することを目標にしている。


インドネシア・南スマトラ州でのマングローブ育林(参照:商船三井サイト

さらに2025年には、カナダの森林ファンド「ザ・リフォレステーション・ファンド・ワン・エルピー(TRF)」に2,500万ドルを出資した。TRFは、南米地域を対象として放牧地における木材生産を目的とする商業植林と、原生樹種植林の再生と保全によってカーボンクレジットの発行を行うファンドで、その運営は、これまでにも森林管理や商業植林などの運用実績を持つBTG Pactual Timberland Investment Groupが担っている。

MOLが出資したTRFによる南米での植林対象地(出典:商船三井プレスリリース

自然ベースのCDRを担当するカーボンリムーバル事業チームの賀霖は、2025年春に最寄りの港から小型ボートに4時間揺られ、南スマトラ州のマングローブ保全の現場を訪ねた。「船会社に入社したのになぜCDRなのか」と戸惑ったものの、今は、「多くの企業が関心を持ちながらも、実際の進め方はまだ手探りの段階にある。そのなかでMOLは先駆的に取り組みを進めている」と胸を張る。
その上で、「自然ベースのCDRは、環境によって森林などの成長度合いが異なり、面積基準だけではカーボンクレジットの創出量を決められません。そのため、当社は既存の国際的基準に沿いながら、その要件を満たす高品質なクレジットの創出に注力しています」と説明する。

カーボンリムーバル事業チームの賀霖

初のCDR実績は、ボリビアの技術プロジェクトから

一方、技術ベースでは、2023年にカーボンクレジットの共同購買事業「NextGen」にバイヤーとして参加したのが初の取り組みだった。NextGenは、バイオマス関連や大気中からCO₂を吸収する(DAC)など世界最大級の複数のプロジェクトに投資を行い、契約によりMOLは、これらのプロジェクトからCDRクレジットを購入できる。
本稿で、「2024年度にMOLにとって初めてのCDRの成果を得た」と紹介した2,000トン規模のCO₂のCDRクレジットとは、NextGenを通じてボリビア企業のバイオ炭プロジェクトから受領したものだった。

NextGenを組成する企業群


商船三井のCDRで初のカーボンクレジット実績を挙げたバイオ炭プロジェクト(出典:商船三井プレスリリース


また、2025年には、海洋中から直接CO₂を回収して固定化する技術(DOC)を持つ米キャプチャー社とCO₂除去クレジットの購買契約を締結。同時に、さらなる事業開発のためのパートナーシップの覚書を交わした。DOC由来のCO₂除去クレジットの購買契約の締結は、世界初である。


Caputura社のDOCプラントの前で同社の社長と廣瀬チームマネージャー(出典:商船三井プレスリリース

技術ベースのCDRを担当するカーボンリムーバル事業チームの原田康平は、浮体式の構造物の建造に興味を持って入社したが、「大気中や海中からCO₂を直接回収する技術開発では、私が学んだ化学工学の知識を活かせますし、プラント関連の技術もあるので興味が尽きません。現在は、各種の技術ベースのCDRを産業レベルにまで高度化したり大規模化したりするのが世界的な課題になっており、時代の大きな変動期に仕事をしていると実感しています」と語る。

カーボンリムーバル事業チームの原田康平

「CDRは事業にできる」、先駆者の実感

賀や原田の言葉にもあるようにCDRは、まだ立ち上がったばかりである。創成期にあると言ってよい。今後、どのような取り組みや技術が飛躍を遂げて主流となるのかはまだ予測できない。
現在、CDRには政府などによる規制や指針がない。企業にとって必ず取り組まなければならない環境対策としては位置づけられていないのが現状である。さらに、CDR単体での環境への貢献度(効果)を定量的に示すための具体的な方法論も充分に確立されていない。
しかし「IT×OT×プロダクト」の統合ソリューションで各種の脱炭素技術を提供してきた日立製作所は、「排出削減をし尽くした後の一手としてCO₂の吸収や活用、貯留などを高品質で高信頼、かつ高効率に実現することを重要なテーマと捉え、再エネ接続・計測・CO₂吸収・精製・貯留・市場接続までライフサイクル全体での価値提供を検討している」(日立製作所コネクティブインダストリーズ事業統括本部事業戦略統括本部経営戦略本部グリーン戦略推進センタの高江瑞一部長代理)という。

現在、CDRに取り組む企業は、いわば先駆者として業種や産業の壁を超えて互いの経験を共有するなどして新たな対策や手法を模索している。しかも各社は、一社単独では克服できない課題が多いことを認識し、情報や技術の共有を厭わない。廣瀬チームマネージャーは、「他社のCDR担当者とも顔見知りになり、シンポジウムや講演会に駆けつければ、『今日もよろしくお願いします』と挨拶するような関係になっています」と笑う。
そうしたなかで分かってきたのは、「CDRはカーボンニュートラルには不可欠な取り組みであり、CDRがアップサイド、つまり収益を生み出す事業になるような努力をしなければならないこと。でなければ取り組みの継続は難しい。 」(廣瀬チームマネージャー)だった。
つまりCDRを事業として確立させるビジネスモデルはある、というのである。


商船三井はさまざまな機会を捉えて環境への取り組み内容を発信している(APPECのCarbon Markets Conferenceでの登壇)

国産カーボンクレジットの輸出もできる

技術面でもまだ、ニワトリとタマゴのどちらが先に出るのか世界中が注目している。「コストがまだ市場の需要に見合っていないだけでなく、CO₂の流通、貯蔵ネットワーク、CO₂除去量や効果を正しく測り、記録し、確認できる仕組みや、トレーサビリティにからむ信頼性の確保など多くの課題があり、技術と制度、市場の三位一体で解くべきテーマになっています」(日立製作所の高江部長代理)。
とはいえ廣瀬チームマネージャーによると、日本も優位性を確保できるチャンスはあるという。例えば日本は海に囲まれ、沿岸では海水を使っているプラントが多い。そこでプラントに海中のCO₂の回収・固定技術(DOC)を組み込めれば産業化できる。いわゆる「国産のカーボンクレジットの発行や輸出」も夢ではないのである。現在の動きでは、商社はカーボンクレジットの創出と販売にまで至るエコシステムを構築しようとしている。金融機関はカーボンクレジットの仲介業務などに期待を寄せる。

他社にはないユーザー視点を備えたMOLのCDR

MOLだからこそのCDRもまだ明確ではないが、MOLは各種のCDRに出資したり協力したりする一方で、そこから創出されたクレジットを買う「顧客」でもある点が、他社とは異なっている。
廣瀬チームマネージャーは、「CDRは現在、さまざまな企業がさまざまな事情を背景に取り組んでおり、それぞれがCDRの方法論の確立に大きく貢献すると思います。そのなかにあってMOLはクレジットの購買者、つまりユーザーでもあり、ユーザーの視点が方法論の確立に貢献できる部分は大きいのではないかと考えています」と語る。
日本航空の廣谷グループ長は、「同一セクター企業の連携はもちろん重要ですが、異なるセクター企業間の連携も非常に重要であり、商船三井さんとディスカッションを重ねていると当社だけでは発想し得なかったアイデアや、海運企業ならではの強みを感じると同時にCDRの将来のブレイクスルーの可能性も感じます」と語る。

地球を守ること自体がビジネスになり、従来にはなかった富を創造する。それは環境貢献にとどまらない、地球に優しい新産業の創造に他ならない。