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「分かち合い」が、社会を動かす。商船三井が挑む、新しい脱炭素のしくみ〜BLUE ACTION NET-ZERO ALLIANCE(カーボンインセット・Book and Claimのプログラム)が拓く未来〜

作成者: 商船三井|2026年01月26日

世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約2.5%を占める海運業界。その削減に向けては、環境負荷の少ない代替燃料の活用が不可欠とされているが、コストの高さが大きな障壁となってきた。そうした中、商船三井では、排出削減の当事者として同じ課題を共有する海運会社と海運荷主企業がパートナーシップを組み、代替燃料の導入を推進するための仕組みづくりに着手。従来の延長線上にはないアプローチで、問題解決を目指して動き出している。今回は、このプロジェクトを立ち上げ時から牽引してきた二人の担当者に、その狙いや今後の展望などを聞いた。

行き詰まりの先に見えた光

商船三井がサービスを開始したBLUE ACTION NET-ZERO ALLIANCEは、実荷主企業やNVOCC(Non Vessel Operating Common Carrier=海上輸送を得意とするフォワーダー)のサプライチェーン排出量(Scope3)の削減に貢献する「カーボンインセット・Book and Claimプログラム」である。国際海運の当事者である海運会社と実荷主企業・NVOCCがパートナーシップにより脱炭素を進める取り組みだ。まずは商船三井がなぜ本プログラムを手掛けるに至ったのかを振り返っていきたい。

物語は2022年、世界最大のメタノール生産者であるMethanex社の子会社Waterfront Shipping社の一部株式を取得したところから始まった。

M&Aを担当した千木良明紀(現・香港地域代表)は当時をこう振り返る。
「当社側では、株式取得交渉の過程からすでに『株式取引を契機にメタノールの生産量世界一位であるMethanexとの協業をさらに発展させたい』という想いがありました。海運業界では、従来から使用されてきた重油に代わる代替燃料が注目され始めた時期。当社船において有望な代替燃料であるメタノールの活用を模索し始めたのは自然な流れでした」

地球にやさしい航海へ。バイオ原料や再生可能エネルギー由来の低炭素メタノールを燃料として使用することで、本船運航時のGHG排出量が削減される(出典:商船三井プレスリリース

しかし、現実は甘くなかった。GHG排出量が少ない低炭素メタノールは高額で、コスト面でのハードルが大き過ぎたのである。
「社内の営業部門を回り、ときには荷主企業にも同行してプロモーションを展開したのですが、最後はいつもコストの面で折り合いがつかず、導入まで至らない状態が長く続きました」と千木良は続ける。

千木良明紀/香港地域代表

「代替燃料を使用するために一隻で生じる追加コストを荷主一社に丸々負担いただくのは現実的でないのではないか」
「このままでは、いつまで経っても代替燃料の普及が進まないのではないか」
議論の停滞感から、千木良は「この追加コストを複数の企業で分担できないか、それすなわち社会全体で脱炭素を進めるということではないのか」と考え始めるようになった。

 そんな時、業界で少しずつ触れられるようになった「ブック&クレーム方式」という言葉が、大きなヒントになる。これは、環境属性を本来結びついている物理的な製品やサービスから切り離して扱うことを可能にする、チェーン・オブ・カストディ(加工流通過程の管理)モデル。証書として発行されることにより、実際にそれらの製品やサービスを利用できない場合でも、購入者は取り組みを経済的に支援し、その便益を主張できるというもの。
 「これを具体的なスキームに落とし込めば、一社当たりの負担が軽減でき、前に進められるかもしれない。そこで同じチームにいた宮田に声をかけ、二人で本格的にこのプロジェクトに取り組んでいくことになりました」
 とはいえ、当時はまだ「ブック&クレーム方式」に関する情報は乏しく、Google検索で見つかるのは大まかな解説程度。透明性の確保やGHG削減量のダブルカウントのリスクを指摘する声もあり、実現可能性は未知数だった。

123Carbon B.V.との出会いが開いた突破口

「2023年7月、千木良から『夏の自由研究』として、123Carbonの取り組みを調べてほしいと頼まれました」
サステナビリティ戦略推進部の宮田大は、プロジェクトとの出会いをそう振り返る。

宮田大/サステナビリティ戦略推進部 船舶ゼロエミッション推進チーム チームマネージャー

転機となったのは、業界で流れたあるニュースだった。オランダのスタートアップ123Carbon B.V.(以下、123Carbon)がブック&クレーム方式による証書取引可能なプラットフォームの提供を始めたというニュース。調べを進めると、国際NPOのSmart Freight Centre(以下、SFC)がブック&クレーム方式を正しく運用するためのルールメーカーであることも分かった。

宮田はすぐにSFCのガイドラインを入手し、123Carbonには「一度打ち合わせをしたい」と連絡を入れた。半年前に試験的に実施したバイオメタノール燃料による「Net Zero Voyage(海運業界において温室効果ガス=GHG排出量を実質ゼロにすることを目指した航海、またはその取り組みのこと)」にも、この仕組みが適用できそうだと気づき、そのアイデアをまとめて、2023年8月に初めての打ち合わせに臨んだ。

実際に会って話してみると、123Carbonが単なるデジタルツール提供会社ではないことはすぐにわかった。海運出身ではないプラットフォーマーでありながら、業界特有の取引慣習や複雑な契約構造に精通していて、こちらから「このような形で証書を発行したい」と相談すれば、要点を押さえた的確な答えがすぐに返ってきた。そのレスポンスの確かさから、信頼できるパートナーになりうることを確信したという。さらに面会を重ねるうちに、経営陣らが「ブック&クレーム方式で脱炭素を少しでも進めたい」という強い意志を持っていることも伝わってきて、ここからカーボンインセット・Book and Claimプログラムは本格的に動き出していった。

ちなみに商船三井が「カーボンインセット」という言葉を使い始めたのもこの頃である。123Carbonが、物流業界においてブック&クレーム方式を用いて業界内のGHG排出削減の取り組みを行うことをそう呼んでいたのがきっかけだった。

123Carbon B.V. Jeroen van Heiningen CEO(出典:MOL Solutionsサイト

バイオメタノールを使用した実証航海が開いた新しい扉

「海上輸送カーボンインセット・Book and Claimプログラム」の仕組みはシンプルかつ革新的だ。商船三井がバイオメタノールなどの代替燃料で航海し、そのGHG削減効果を第三者機関が検証。「デジタル証書」として発行し、販売。その売上を次の代替燃料の購入に充てる。この循環が、海運の脱炭素を加速させるのである。



「海上輸送カーボンインセットプログラム」の仕組み。低炭素航海を実施することが大前提となる。(出典:MOL Solutionsサイト

2023年2月に完了したNet Zero Voyage。ガイドラインでは航海から1年以内の証書発行が必要だ。そこで、2024年2月の期限に向けて123Carbonとプラットフォームを構築し、証書取引の体制を整備した上で営業活動を開始した。
「最初は、どんなお客様に証書を販売できるのか見当もつきませんでした。それでも、成功すればその資金で次の低炭素燃料を購入し、さらに挑戦を重ねていける。そう信じて、懸命に取り組みました」と宮田は振り返る。

Net Zero Voyageは、商船三井がMethanex社と協力して2023年2月に実施した低炭素航海の実証プロジェクトである。燃料に従来の重油ではなくバイオメタノールを使用し、航海中に発生する温室効果ガス(GHG)の排出を実質ゼロに抑えることに成功した。(出典:商船三井プレスリリース

当初の目的はシンプルだった。自社の船でメタノール燃料を導入し、その追加コストをサプライチェーンの中で吸収していただく仕組みをつくること。ところが取り組みを進めるうちに、「この仕組みはメタノールはもちろんのこと、バイオLNGバイオディーゼルなど他の代替燃料にも応用できるのではないか」という考えに変わっていった。千木良は当時の経緯を語る。
「仕組みづくりを進めるにしたがい、ゴールを『商船三井全体が幅広い代替燃料を活用できる仕組みづくり』へと再設定したのです」

「ブック&クレーム方式」自体、世の中でも未だ認知度が高くないコンセプトであったが故に、その後の全社展開に際し強調したのは信頼性だ。「削減実績を第三者が検証」「豊富なデータを記載した証書を発行することで透明性を担保」「国際NPOのガイドラインに準拠した運用を徹底することによるダブルカウントのリスクの排除」。この3点を丁寧に説明し続けたという。

「BLUE ACTION NET-ZERO ALLIANCE」の船出。広がるパートナーシップの輪

同じ頃、商船三井はアジアの船会社として初めて、脱炭素普及を推進するグローバルな業界横断組織「ブック&クレームコミュニティ」に参加。日本時間深夜の欧州会合に毎月参加し、そこで得た国際標準の知見を踏まえて日本市場に適したサービスへと磨き上げていった。そして2025年2月、ついにプログラムは「BLUE ACTION NET-ZERO ALLIANCE」として正式始動した。

最初の顧客となったのは、次の大手NVOCC3社だ。日本通運は、商船三井がコンテナ船事業をスピンアウトして以降、接点が少なくなっていたが、今回のカーボンインセットの分野で再び手を結ぶことになった。すでに航空輸送でカーボンインセットの実績を持つ同社が、海運分野にも取り組みを広げたことで、業界全体の機運は今後一段と高まっていくはずである。アメリカに本社を置くC.H. Robinson Worldwideは、世界有数のサードパーティ・ロジスティクス(3PL)プロバイダーであり、SFCのガイドライン策定にも関わるなど、この分野では先駆者である。プロジェクト初期から知見を提供してくれていた存在であり、正式契約の締結は「先行者に認められた」という確かな自信につながった。そして、グループ会社である商船三井ロジスティクスからは、シナジー強化を目的とした協業提案があった。これにより、グループ全体で一体となり、プロジェクトを推進する体制も整った。

ただ一方で、日本の荷主企業への理解浸透はまだ道半ばだ。多くの企業にとって物流のScope3削減といえば、モーダルシフトや積載効率向上など「コスト削減と両立できる施策」が優先される。代替燃料への投資は、いまだ「将来的な選択肢」の域を出ていない。すでに次の段階へと進みつつある欧州と比較すると、スモールスタートを切った段階といった感じだろうか。次の課題は「これをいかにスケールさせるか」である。

ブック&クレームコミュニティは国際的なルールづくりの最前線だ。(出典:Book and Claim Community

世界が揺らいでも、私たちの目標や思いは揺るがない

2025年、世界の脱炭素の潮流は揺らぎを見せている。アメリカでのトランプ政権誕生は、その象徴だ。国際的な環境規制やサステナビリティ投資の勢いが一時的に後退する中、脱炭素の道のりが決して平坦でないことが浮き彫りになった。しかし、商船三井の「2050年ネットゼロ」という目標は揺るがない。「一度動き始めた流れは決して止まらない」。経営陣が繰り返し語るこの言葉には、逆風にあっても未来に向けて責任を果たす確固たる決意が込められている。

もちろん、ブック&クレーム方式だけですべてが解決できるわけではない。海運の脱炭素は、そんなに単純ではなく、複数の手段を組み合わせることでようやく前進できるものだからだ。まず欠かせないのは、安定した燃料供給を実現する「上流投資」である。アンモニアやe-fuelなど、次世代燃料のプラント建設や供給インフラの整備は、将来の海運を支える土台そのものだ。それから「新燃料対応船の建造」も欠かせない。燃料の種類ごとにエンジンや設備は大きく異なり、選択を誤れば長期的な競争力を損なうことになる。

アンモニア燃料船(イメージ図)(出典:商船三井サイト

「私たちが担っているのは、脱炭素実現に向けたそうした取り組みの中の一部にすぎません。燃料を調達する部門、新しい船を設計・建造する部門、そして営業現場で顧客と向き合う仲間たち。すべてが連携してこそ、この仕組みは初めて意味を持つと考えています」
プロジェクトを推進してきた宮田も、そのように話す。

ただ、代替燃料についていえば、高コストな低炭素燃料を製造するサプライヤを、海運会社と荷主が利用者として連携し、支えていくことが重要である。そう考えると、物理的なサービスのつながりの有無にかかわらず、同じ価値観を共有する企業が連帯し、取り組みをリードできるブック&クレーム方式が、移行期において有望な選択肢であることは間違いない。規制や補助金といった政府の後押しがなくても、脱炭素を目指すファーストムーバーズが自らの意思でパートナーシップを組み、歩みを進めていく。この民間主導の取り組みには、大きな意義があると考えている。

社会全体で進める、新しい脱炭素のかたち

日本企業によるScope3削減の取り組みは、まだ緒についたばかりだ。業態によっても深度や優先順位は異なり、進展の度合いは一様ではない。商船三井としては、Scope3削減に本格的に取り組めていない企業に対しても、社会インフラを担う立場から、従来通り海上輸送サービスを提供し続けるべきだと考えている。ただし、脱炭素を実効的に進めるには、重油から代替燃料への転換が不可欠であることも事実だ。そうした中で、商船三井としては、商船三井の脱炭素への価値観に共感してもらえる場合、そのような企業とは積極的にパートナーシップを築き、海運の脱炭素を共に推進していく考えである。「BLUE ACTION NET-ZERO ALLIANCE」は、まさにそうした取り組みを具現化するための枠組みだ。

(出典:商船三井プレスリリース

この仕組みを十分にスケールすれば、商船三井は今後、輸送サービスの提供者を超え、代替燃料の調達や上流投資の分野でも存在感を発揮できるようになるだろう。その結果、新たな資金やパートナー企業を呼び込み、日本の海運業界全体の競争力向上にも寄与できるようになる。
 
逆に、顧客への価値提案が不十分で、理解や賛同を得られなければどうなるか。「その場合、資金や投資は先行する海外の企業やプロジェクトに流れてしまいかねない。これは日本の実荷主企業やNVOCCにとってもリスクであり、日本企業が国際競争力を維持するためにも、日本の海運会社である商船三井が、カーボンインセット領域でパートナーとしてより頼れる存在になる必要がある」と、宮田は指摘する。

 一方で、GHG排出削減の努力に対して対価を支払うという考え方は、まだ社会に十分浸透しているとは言いがたい。認知を広げ、信頼を積み重ねるには、これからさらに時間も労力も要するだろう。ただそれでも商船三井は、この証書取引という新たな仕組みが、代替燃料の普及や脱炭素を進める有効な手段になり得ると信じ、挑戦を続けている。