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世界のチョークポイント (海上交通の要衝) ~パナマ運河編~(2025年更新)

作成者: TAKAHIRO.M|2025年11月26日

現在のグローバル化したサプライチェーンを維持するためには、世界中のあらゆる貨物が滞りなく輸送され続けることが必要です。しかし近年では、日々刻々と変化する世界情勢、年々深刻化する異常気象や気候変動が、世界の海上貨物輸送を脅かすことが多くなりました。特にチョークポイント(海上交通の要衝)で貨物輸送が滞れば、グローバルなサプライチェーンは直ちに機能不全に陥り、世界経済全体に深刻な影響を及ぼします。

今回のブログでは、太平洋と大西洋を結ぶチョークポイントであり、年間延べ13,000隻以上の船が行き交う「パナマ運河」をご紹介しましょう。

チョークポイントとは?
チョークポイント(choke point)とは地政学における概念のひとつで、相手方をチョーク(choke: 喉を詰まらせる)して、自らが海上での覇権を得るために必要な場所(point)を指します。具体的には船の航路が一点に集中する場所のことで、海上交通の要衝という意味になります。

パナマ運河の水位変化を臨場感ある映像でご紹介!商船三井のクルーズ船「MITSUI OCEAN FUJI」号が、約26mの高低差を巧みに航行する様子をブリッジ視点で公開。1:20からの水位変化は必見です!

パナマ運河の建設

大航海時代を代表する探検家であるコロンブスは1492年に現在のアメリカ大陸に達しました。その約20年後、スペインの探検家であるバルボアは1513年、先住民の案内で大西洋と太平洋を隔てる細長い陸地(パナマ地峡)を横断し、ヨーロッパ人としてはじめて太平洋に達します。

それ以降、太平洋と大西洋を結ぶ運河の建設が繰り返し検討されるようになり、実際1881年には、スエズ運河の建設で成功を収めていた、フランス人外交官で実業家でもあったレセップスがパナマ運河会社を設立し、パナマ運河の建設に着手します。

しかしその建設工事は、マラリアや黄熱病の蔓延、想定を遥かに超える難工事が続いたため、当初の計画どおり進まず、パナマ運河会社は1889年に資金が枯渇して破産、レセップスによる運河建設は挫折しました。

 

 

 

現在運用されているパナマ運河の建設が開始されたのは1904年で、米国がパナマ共和国(以下パナマ)と「パナマ運河条約」を結び、運河の建設と運河に関連する土地の租借権を得て、レセップスが挫折した工事を再開します。再開された工事も、当初は伝染病の蔓延や頻発する土砂崩れに苦しめられますが、米国は3億ドル以上の巨額の資金と約10年の歳月を費やし、遂に1914年8月にパナマ運河が完成し、太平洋と大西洋が結ばれることとなりました。
その後パナマ運河は「新パナマ運河条約」によって、1999年12月31日に米国からパナマに返還され、現在はパナマ運河庁が運河の運営を行っています。

パナマ運河の構造とパナマックス船型

パナマ運河の建設に当たっては、運河の両端の潮位の差が大きいことや建設予定地の山がちな地形が問題となりました。したがって、パナマ運河はこの問題を解決するため、パナマ中央部の山地からカリブ海に流れていたチャグレス川を堰き止めてガトゥン湖を造り、ガトゥン湖に貯めた雨水を太平洋と大西洋に向かう水路の数カ所で閘門(こうもん、ロック)と呼ばれる設備を用いて堰き止め、水路内の水位を調整して船を通航させる構造となっています(下図参照)*1

つまり、パナマ運河は世界でも有数の降水地帯であるパナマの気候を非常に上手く利用した運河だと言えるのです。

 

パナマ運河の全長は約81キロメートルで、運河を通航できる船の大きさはその構造上、運河の運用開始から長らく、全長289.6メートル*2、全幅32.3メートル、喫水12.0メートルに制限されてきました。海運業界ではこの制限をクリア出来る最も大きな船を、「パナマックス(パナマ・マックス)」と呼び、数多くの船がこの大きさを基準として建造されました。

(*1)
ガトゥン湖の水面は海抜約26メートルです。
(*2)
旅客船およびコンテナ船では、全長294.4メートルまで許容されます。


2016年に完成したアグア・クララ閘門を通航する商船三井のLNG船

 

一方で、パナマ運河の開通から100年以上を経た2016年には新たな閘門が完成し、運河を通航出来る船の大きさが、全長370.3メートル*3、全幅51.2メートル、喫水15.2メートルに拡大されました*4。この新たな閘門の通航を前提として設計された船は「ネオ・パナマックス」と呼ばれ、近年その隻数が増加しています。

(*3)
一体型タグ・バージ(パナマ運河庁が定める手法で艀と押船を強固に連結したプッシャーバージ)は全長366.0メートルに制限されます。
(*4)
パナマ運河の運用開始100周年となる2014年完成を目指して建設が進められましたが、実際の完成は2016年にずれ込みました。


パナマ運河の構造 出典: Wikipedia

パナマ運河による航海の短縮

パナマ運河の完成によって、南北両アメリカ大陸の東岸と西岸の間の海上輸送ルートが確立したのと同時に、北米東岸とアジアの間の海上輸送ルートも大きく短縮されました。

例えば米国東岸のニューヨーク港から日本の東京港までの航海距離は、アフリカ大陸南端の喜望峰を経由して太平洋に入るルートでは約42日(約15,000マイル)(--赤点線)である一方、パナマ運河を経由するルートは約28日(約9,700マイル)(赤実線)であり、航海距離が約35%短縮されます*5

また近年輸入量が増加している、米国メキシコ湾岸からの液化天然ガス(LNG)輸送の場合では、喜望峰を航行する場合の航海日数は片道約44日(約16,000マイル)(--青点線)であるのに対し、パナマ運河を通航する場合は約26日(約9,200マイル)(青実線)と40%以上短縮され、効率的な資源輸送が可能になります。

出典: 筆者作成

(*5)
1マイル(ノーティカルマイル、海里)は1,852メートルです。大型船の航路と速度を見てみようをご参照ください。所要日数は航行速度を15ノットとして計算しています。その際、パナマ運河を経由するルートは、待ち時間と通航時間を合わせてプラス1日としています。

パナマ運河を通航する船と通航料

パナマ運河を管理するパナマ運河庁は毎年、運河を通航した船の隻数と船の種類を公開しています。

現在公開されている最新のデータによれば、パナマの2025会計年度(2024年10月~25年9月)にパナマ運河を通航した船の隻数は、太平洋から大西洋および大西洋から太平洋の両方向を合わせ、延べ約13,400隻にのぼります。

また、この期間に通航した船の種類は、コンテナ船が最も多く全体の約22%を占め、穀物や石炭等のばら積み貨物を運ぶドライバルク船、液体貨物や液化ガスを運ぶタンカー、自動車専用船等がこれに続きます。

パナマ運河の通航料(通行料)は船の種類毎に異なった料金体系が設定されていますが、パナマ運河庁が発表している料金表(2025年1月)によれば、ネオパナマックスサイズのコンテナ船の通航料は約130万ドル(現在の為替レートで約1.9億円)、従来のパナマックスサイズのドライバルク船の通航料は約22万ドル(同33百万円)となります*6

(*6)
コンテナ船は14,000個積み(消席率90%)、ドライバルク船は80,000載貨重量トン(貨物積載時)を想定。運河の通航にあたっては、通航料の他にも様々な諸費用が必要です。また、一定の条件を満たす場合は通航料の割引が設定されています。

パナマ運河を航行中の商船三井の自動車専用船

パナマ運河の通航制限と渇水対策

パナマでは毎年5~12月が雨期にあたります。パナマ運河では雨期に降る大量の雨水を、ガトゥン湖に堰き止めて利用しているため、降雨が少なくガトゥン湖の水位が低い年には、運河を通航する船の喫水を制限する措置が繰り返されてきました。

しかし2023年はエルニーニョ現象の影響もあって、パナマは過去100年で最悪とされる記録的水不足に見舞われました。
そのため、パナマ運河では通航する船の喫水制限に加え、一日当たりの通航隻数も制限されることとなり、同年8月には運河の通航を待つ船が200隻を超えたと報道されました。

従来パナマ運河を通航してきた船の多くは、長期間の通航待ちを覚悟するか航路を喜望峰経由に変更することを迫られたため、目的地までの航海日数が増加し、世界のサプライチェーンに重大な影響をもたらすことになったのです。

2023年の渇水による運河の混乱を受けて、パナマ運河庁は運河の抜本的な水不足の解消に向け、パナマの山地からカリブ海に流れるインディオ川を堰き止めて新たな貯水池を建設し、ガトゥン湖に大量の水を送り込むことを計画しています。報道では同建設工事は2027年頃に着工し、2030年代前半の完成を目指しているとされますが、ダム建設予定地の住民移転や環境問題、莫大な資金調達等の難しい問題があり、新たな水源の建設が計画どおりに進むか否かは不透明とする見方もあります。

冒頭でご紹介したとおり、太平洋と大西洋をつなぐ「パナマ運河」は、まさに世界の物流が集中する「チョークポイント(海上交通の要衝)」であり、パナマ運河の通航制限は世界の海上貨物輸送に大きな影響を与えます。近年の世界の気候変動の影響を受けて、パナマの水不足は今後さらに深刻化する懸念があり、その動向を注意深く見て行く必要があるでしょう。