商船三井の持つ海運・物流・海洋事業へのアクセスを生かしたCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)として設立されたMOL PLUS(エムオーエル・プラス)。前編ではその成り立ちや強みについて、代表の阪本氏へのインタビューを行いました。後編では、現在業務提携を進めている具体的な取り組みについて、代表的な4つの事例をご紹介します。
■最先端技術「ドップラー・ライダー」がもたらす海運の未来
ドップラー・ライダー(Doppler Lidar)は、レーザーを利用して風の流れや速度を計測する装置です。赤外線レーザー光を大気中に照射し、微細なチリに反射し戻ってくる散乱光の周波数変化(ドップラー効果)を解析することで、風向・風速の詳細なデータをリアルタイムで取得できます。特に、目に見えない乱気流や風の変化を捉える能力に優れ、航空・気象観測など幅広い分野で活用されています。
近年、気候変動の影響により海上の気象条件が変化し、船舶運航の安全性や効率性が問われているなか、このドップラー・ライダーを新たな航海の指針となる技術として活用しようという取り組みが、商船三井とメトロウェザー社の協業で推し進められています。
メトロウェザー社が新たに開発したドップラー・ライダーは、自らの位置を補正しながら風況を計測する慣性航法装置を搭載し、リアルタイムな動揺補正を実施。船舶上など、動揺や移動による位置変化がある環境下でも風況計測が可能になりました。航行船舶上のドップラー・ライダーによる風況計測は、航行域周辺に発生している風を直接計測し、可視化できる点が特徴。一般的に用いられている、衛星データによる風況予測よりも正確な予測が可能です。さらにメトロウェザー社のドップラー・ライダーは小型ながら遠距離の計測が可能であり、船舶への搭載が容易である点も大きなメリットです。
■大型船舶での実証実験に成功
商船三井とメトロウェザー社は共同研究に取り組み、2021年には大村湾内で船舶からの風向風速の計測に成功した最初の実証実験を行いました。2024年にはドップラー・ライダーをRORO船「むさし丸」に搭載し、東京-福岡間航路で実証実験を開始しました。これは、海上航行している大型船舶にドップラー・ライダーを搭載した世界初の試みです。「むさし丸」から十数キロ遠方の風況を3次元的にリアルタイムで観測し、可視化します。同時に高速データ通信システム「Starlink」を通じ、得られたビッグデータを陸上へ配信。船上での燃費削減、安全運航に役立てることを目的としています。
この取り組みは、洋上風力で水素を製造・貯蔵・運搬するグリーン水素生産・供給船や「ウインドハンタープロジェクト」における船舶の最適航行支援や、風力エネルギー関連事業などでの幅広い適用が期待されています。
■AI技術で船舶火災対策を強化
Captain’s Eye社は、AIを活用した船舶内リアルタイムカメラモニタリングシステムを開発するイスラエルのスタートアップ企業です。独自開発したAIアルゴリズムや豊富な学習データの活用により、エンジンルームでのオイル漏れ・船員の立入禁止エリアへの侵入といった、船内異常に対しての早期検知を可能にしています。同社のソリューションはコンテナ船やタンカーをはじめ、自動車船やドライバルク船といった幅広い船種への導入が進んでいます。
商船三井は、Captain‘s eyeのシステムを自動車船カーゴホールドに採用することで、EV火災の早期検知体制を実現させています。同社が開発した煙検知システムは、カメラ映像をAIがリアルタイム解析することにより、微細な煙の発生も迅速かつ正確に捉えることが可能となります。これにより、船内での火災が拡大する前に初期消火対応できるため、従来の火災警報システムに比べて大幅な安全性向上が期待されます。また、このシステムは乗組員だけでなく陸上の管理者にもアラートを送信できるため、より迅速かつ的確な対応が可能です。
■世界初、自主的な船内火災対策に関する認証を取得
商船三井が運航するLNG燃料自動車船「CERULEAN ACE」は、日本海事協会(ClassNK)から「AFVC(Additional Fire-Fighting measures for Vehicle Carrier)」の認証を取得しました。これは電気自動車安全輸送ガイドラインにおける「火災の早期発見」、「消火」、「固定式消火装置の信頼性の向上」の3種類の規定を満たしているという認証です。このうち、特に、Captain’s Eye社の先進的なAI煙認識システムをカーゴホールドに導入したことが火災の早期発見に有効であると認められ、認証取得につながりました。このように、船社が自主的に講じた火災対策によってAFVC認証を取得したのは、世界で初めての事例です。
商船三井は今後もCaptain’s Eye社との協業をさらに強化し、新たなモニタリング機能の共同開発を行うことにより、海上輸送の安全品質向上の実現を目指します。
■長寿命・高安全性の蓄電技術「バナジウムレドックスフロー電池(VRFB)」
VFlowTech社は、バナジウムレドックスフロー電池(VRFB)の開発・製造を行うシンガポールのスタートアップ企業です。VRFBは、長寿命・高安全性・拡張性を兼ね備えた次世代の蓄電池技術です。リチウムイオン電池のような従来型の蓄電池と異なり、電解液が劣化しにくいため20年以上の長寿命を誇り、不燃性のため発火リスクが極めて低いといった特徴を持ちます。また、電解液の量を調節するだけで簡単に蓄電容量を変えることができるため、住宅用設備からMWh級の大規模エネルギー貯蔵ソリューションまで、幅広い用途において柔軟な利用設計が可能です。VFlowTech社は独自の構造特許を活用することにより、他社ソリューションと比べ高い安全性と蓄電性能、コスト効率を実現させています。
■VFlowTech社との協業で目指す持続可能な物流
MOL PLUSおよびMOL (Asia Oceania)は、シンガポールのVFlowTech社と協業し、東南アジア・インドを中心とした物流業界へのバナジウムレドックスフロー電池(VRFB)の導入を推進しています。具体的には、商船三井グループやその取引先が所有する港湾施設やコールドチェーン倉庫へのVRFB導入を進めることで、安定した再生可能エネルギーの利活用に繋げます。これにより、物流業務の脱炭素化と電力の安定供給を実現し、環境負荷の低減を目指します。
■協業により次世代の宇宙輸送インフラを模索
将来宇宙輸送システム株式会社(以下、ISC社)は、宇宙輸送の低コスト化と高頻度運用を目指し、再使用型人工衛星打上げ用ロケットの開発に取り組むベンチャー企業です。2024年から、商船三井との協業を開始しています。ISC社は「毎日、人や貨物が届けられる世界。そんな当たり前を、宇宙でも。」というビジョンを掲げ、宇宙輸送の革新に挑んでいます。
一見かかわりの薄い「宇宙」と「海」ですが、実はISC社のビジョンと商船三井の持つ海運・物流のノウハウは高い親和性を持ちます。特に、ISC社が開発を進める再使用型ロケットの洋上離発着技術において、商船三井の海洋事業の経験が大きな強みとなる可能性があります。ロケット発射船・回収船の運用や、宇宙輸送のための新たなサプライチェーン構築など、両社の連携によりさまざまなシナジーが生まれることが期待されています。
■海運×宇宙輸送で新たな時代へ
この協業を通じて、再使用型ロケットの洋上離発着事業の検討をさらに深めるとともに、宇宙港ビジネスや宇宙輸送サービスの新規事業創出に力を入れていく方針です。今後は、海運・物流・海洋事業の枠を超え、宇宙という新たなフィールドでの事業展開を目指していきます。
MOL PLUSは、今後もスタートアップ企業への出資や協業を通じ、スタートアップ企業が持つ斬新なアイデアやテクノロジーと商船三井グループがもつリソースに相乗効果を生ませ、『海運業と社会に新しい価値をプラスする』、新規事業の創出を目指し続けます。
おかげさまでMOL PLUSは2025年4月26日(土)で4周年を迎えました!
これから始まる5期目も、どうぞよろしくお願いいたします。