2025年12月01日
GHG(温室効果ガス)排出量の削減は急務となっており、カーボンニュートラルの実現に向けて世界中でさまざまな取り組みが進められています。商船三井も様々な低・脱炭素事業に積極的に取り組んでいますが、本記事ではその中でも「カーボンインセット」に焦点を当てて解説・紹介します。
前半では、カーボンプロジェクト開発及びサステナビリティコンサルティングにおけるリーディングカンパニーであるSouth Pole所属のコンサルタント永田様に、カーボンインセットの意味、カーボンオフセットとの違い、カーボンインセットの取り組み意義について解説いただくとともに、さまざまな業界での事例をご紹介いただきます。
後半では、商船三井のカーボンインセットプログラム担当者が、物流業界・海運業界に絞り、近年注目が高まっているBook and Claim(ブックアンドクレーム)というキーワードを中心に、業界での取り組みの歴史と課題、今後の展望、商船三井の具体的な取り組みを解説します。
(寄稿:South Pole 永田様)
「カーボンインセット」とは、自社のサプライチェーンにおける温室効果ガス(GHG)削減または炭素除去を意味します。英語では「インセッティング(insetting)」とも呼ばれます。
ただし、現時点では国際的に統一された定義は存在していないため、South Poleでは以下の定義を用いています。
サプライチェーンや生産地域と直接結びついたGHG削減または炭素除去プロジェクト
「カーボンインセット」と似た言葉で、かつより広く知られている言葉として「カーボンオフセット」があります。GHG削減または炭素除去が自社のサプライチェーン上で行われたものか、それともサプライチェーンの外で行われたかという点が、オフセットとインセットの最も大きな違いです。
オフセットの場合、脱炭素プロジェクトのカーボンクレジットを購入・償却することで自社排出量を相殺しますが、このプロジェクトは自社のサプライチェーンとは全く関係のない場所で実施されたものであることがほとんどです。たとえば、日本の自動車メーカーが、自社のサプライチェーンとは全く関係のないインドの植林プロジェクトから得られたクレジットを購入するようなケースです。
一方、カーボンインセットは自社のサプライチェーン上で実施されたGHG削減または炭素除去であることが大きな特徴です。つまり、それらの削減・除去量を、自社のスコープ3排出量に反映させることができます。たとえば、日本の乳製品メーカーが自社の原料調達先である北海道の酪農場にメタン抑制飼料を導入し、それによるGHG削減分を自社のスコープ3削減として算定するようなケースです。
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企業活動におけるGHG排出は、自社施設からの直接排出(スコープ1)、購入した電力などによる間接排出(スコープ2)、そして原料調達や輸送、従業員の通勤などサプライチェーン全体に関わる間接排出(スコープ3)に分類されます。
多くの企業にとって、このスコープ3が最も大きな割合を占めています。ある調査では、自社排出(スコープ1+2)と比べてスコープ3は平均で26倍にもなるとされています [CDP and Boston Consulting Group, 2024]。つまり、気候変動への対応を進めるうえでスコープ3の削減は避けて通れない課題なのです。
スコープ3を適切に把握することは、GHG排出量の大きいサプライヤーや調達原料を特定することに繋がり、エンゲージメントを通じて排出削減に対する意識向上や行動、さらにはリスク管理へも結びつけることにより、投資家からの信頼獲得や、自社のESG評価向上にもつながると言えるでしょう。
とはいえ現状では、サプライヤーと協働してGHG削減に取り組んでいる企業は1割にも満たず、SBT目標をサプライヤーへ依頼している企業はたったの3%という結果も出ています [CDP and Boston Consulting Group, 2024]。サプライチェーンが複雑であるが故のトレーサビリティ確保の難しさ、サプライヤーからのデータ収集のハードルや、手間やコストとの兼ね合いなど、サプライヤーを巻き込んだ脱炭素のハードルは依然として高いのです。
ネスレ社 [Nestlé, 2025]やケリング社 [KERING, 2025]など、カーボンインセットの事例は食品や飲料、アパレルセクターなどで多く見られますが、カーボンインセット自体は農業・食品分野だけでなく、あらゆるセクターで活用できる仕組みです。たとえば建設業では、低炭素セメントやリサイクル鋼材といった低炭素素材の導入、輸送セクターではSAF(持続可能な航空燃料)や低炭素燃料の活用が広がっています。さらに金融セクターでも、投資ポートフォリオ全体の脱炭素化を通じてスコープ3削減を目指す動きが強まっています。
近年は、カーボンオフセットに依存するのではなく、自社サプライチェーンそのものを変えていこうとする企業が増えてきました。もちろん一朝一夕にできることではありませんが、気候変動のタイムリミットが迫る今こそ、サプライヤーや取引先と共に協力して脱炭素に取り組む姿勢が求められているのではないでしょうか。
(作成:商船三井 サステナビリティ戦略推進部 船舶ゼロエミッション推進チームマネージャー/宮田)
世界全体のGHG排出量のうち、物流業界からの排出は約10%を、国際海運に絞ると約2.5%を占めています。こうした物流業界・海運業界の脱炭素化に向け、物流企業・海運企業は顧客である荷主企業と連携し、低炭素燃料の導入に取り組んでいます。これは物流業界・海運業界におけるカーボンインセットの代表的な事例ですが、業界特有の障壁を乗り越え、このような取り組みを加速するためには、Book and Claimの活用が不可欠となっています。
脱炭素のために低炭素燃料の導入に取り組む物流企業・海運企業・荷主企業は、以下のような3つの障壁に直面しています。
こうした障壁を乗り越えるために、Book and Claimの活用が有効な手段となり得ます。
まず、物流企業・海運企業は、自社が運行・運航する輸送機器で低炭素燃料を使用することで低炭素輸送サービスを創出できます。次に、Book and Claimを活用することで、創出した低炭素輸送サービスの環境価値を、プレミアム運賃を負担する荷主企業に対し、その貨物が実際に低炭素燃料を使用した輸送機器で輸送されているかどうかに関わらず割り当てることが可能となります。このBook and Claimの柔軟性によって、物流業界・海運業界特有の障壁を克服し、脱炭素の取り組みを加速することができるのです。
このような事例を皮切りに、2025年現在、物流企業の中でも特に海運企業・空運企業が、カーボンインセット・Book and Claim関連のサービスを相次いで提供し始めています。
こうした市場展開は、Book and Claimの価値や実現可能性を示すうえで大きな効果がありますが、一方でリスクを指摘する声もあります。多くの場合、これらは「プロプライエタリー・イニシアチブ」(専有的な取り組み)、すなわち各企業が自社の顧客向けに独自開発したサービスであるため、GHG会計の実務や取引条件が企業ごとに異なっています。こうしたサービス間のばらつきが、カーボンインセット市場に不確実性をもたらし、需要の伸びを鈍化させる懸念があると指摘されています [GLOBAL MARITIME FORUM, 2023]。
サービス間のばらつきが不確実性をもたらす一例として、許容される「インセット」の境界線に関する問いが挙げられます。Book and Claimを活用すれば、ある海運会社が低炭素燃料を使用して船舶を運航することで創出した低炭素輸送サービスの環境価値を、別の海運会社が化石燃料で運航する船舶による輸送サービスを利用する荷主企業に割り当てることが可能になります。
しかし、ここでいくつかの疑問が生じます。
これらは、環境価値の二重主張とは関係が無いためGHG会計上の問題ではなく、取引条件の問題になります。
上記のような疑問を始めとする不確実性は、共同イニシアチブの取り組みが進展することで「プロプライエタリー・イニシアチブ」(専有的な取り組み)間のばらつきが解消され、GHG会計の実務や取引条件が調整されて一貫性が生まれることで、解決に向かうことが期待されています。
結果として、市場におけるカーボンインセット・Book and Claimの受容が進み、需要拡大と低炭素燃料への移行加速が望まれています。
共同イニシアチブによる成果物の具体例としては、国際的NPOであるSmart Freight Centreが2023年6月に公表した「Voluntary Market Based Measures Framework for Logistics Emissions Accounting and Reporting(MBM Framework)」が挙げられます [Smart Freight Centre, 2023]。
なお、上述の『許容される「インセット」の境界線に関する問い』は、MBM Frameworkに準拠する場合、第7章の解釈から答えを導くことが出来ます(詳細な解釈が気になる方は、ぜひ商船三井へお問い合わせください)。
商船三井は、物流業界におけるカーボンインセット・Book and Claim市場の発展に向けて、共同イニシアチブの取組みに積極的に貢献しています。
New York Climate Week 2025で開催されたイベント「the Book and Claim Community’s annual “Community Table” event」の様子。階段中段に筆者。
カーボンニュートラルの実現に向けて、カーボンインセットの重要性はますます高まっています。物流業界の脱炭素においてBook and Claim活用は強力な選択肢になり得ますが、その実践においては、MBM Frameworkやその他の共同イニシアチブによる成果物への確かな理解や業界関係者とのパートナーシップが不可欠と考えています。商船三井は、本領域のリーディングカンパニーとして、市場の発展とお客様のScope3削減に貢献していきたいと考えています。
サウスポールの永田様は「サプライチェーンが複雑であるが故のトレーサビリティ確保の難しさ、サプライヤーからのデータ収集のハードルや、手間やコストとの兼ね合いなど、サプライヤーを巻き込んだ脱炭素のハードルは依然として高い」と指摘されていますが、BLUE ACTION NET-ZERO ALLIANCEをご活用頂ければ、そのようなハードルを乗り越えて脱炭素を実践して頂けます。商船三井のカーボンインセット・Book and Claimプログラム「BLUE ACTION NET-ZERO ALLIANCE」に興味をお持ちいただけましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。
South Pole 気候アドバイザリーチーム コンサルタント
永田悠馬
食品・農業セクターを中心に、企業の温室効果ガス算定、SBTi目標設定、脱炭素ロードマップ策定を支援。GHGプロトコル「土地セクター・炭素除去ガイダンス」やSBTi「FLAGガイダンス」に精通し、日系小売・飲料企業や国際的外食チェーンなどの脱炭素プロジェクトに従事。途上国におけるJCMプロジェクト開発から国内外企業の脱炭素支援まで、気候変動分野で約10年の実務経験を持つ。
South Pole(サウスポール)は、カーボンプロジェクト開発及びサステナビリティコンサルティングにおけるリーディングカンパニーです。2006年の創業以来、民間企業や政府機関に対して脱炭素化に関する信頼性の高いアドバイザリーサービスを提供し、同時に市場メカニズムを活用して、世界50カ国以上で850件を超えるカーボンプロジェクトの資金調達と実施を支援しています。
商船三井 サステナビリティ戦略推進部 船舶ゼロエミッション推進チームマネージャー
宮田 大
商船三井へ入社後、コンテナ船集荷営業(商社・NVOCC・化学品メーカー担当)、コンテナ船東アジア航路管理、海事法務・保険業務、M&A・PMI・低炭素舶用燃料関連事業開発などを経験。現在は、前所属部署で取り組み始めたカーボンインセット・Book and Claim事業を商船三井グループ横断の取り組みへと広げるべく引き続き担当。
参考文献
Maersk to offer customers carbon-neutral transport . (2019年6月20日).
ANAホールディングス株式会社. (2024年7月8日). 「SAF Flight Initiative」 カーゴ・プログラムに初の荷主企業として京セラ株式会社が参画.
日本海事新聞【Global Lens】【GMF脱炭素ディレクターに聞く】(下)〈ブック&クレーム〉。グローバル・マリタイム・フォーラム脱炭素担当ディレクター ジェシー・ファーンストック氏、新燃料 地理的課題を克服
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