”ノルウェーは他国と比べて脱炭素化の分野で進んでおり、政府の補助金制度による支援もあります。”と、MOL Shipping Norway ASのCEO、石山英一氏は世界的に注目されているノルウェーでの脱炭素政策について話す。ノルウェーでは従来から水力発電による豊富な再生可能電力があることから水素やアンモニア関連のビジネスチャンスも多く、更にノルウェー政府はそのような脱炭素化関連分野のインフラ整備を支援しています。商船三井は2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量ネットゼロを達成するという目標に沿って、北欧地域での事業展開を積極的に進めています。
北欧での事業開発を担当する石山氏は、これまでの経験を活かし、英国をはじめとする欧州の既存拠点と連携しながら、機会創出と事業拡大を推進している。ノルウェーにおける商船三井の活動と、今後の事業拡大が期待される理由について語った。
ノルウェーでのオフィス立ち上げに過去の経験を活かす
--- ノルウェーと日本は地球の反対側にありながら、多くの共通点があります。両国とも素晴らしい自然景観を誇り、伝統を重んじる文化が根付いています。さらに、両国の強力な海洋文化が海事産業の繁栄を生み出しています。貨物取扱、造船、海軍技術などが両国経済の強力な構成要素となっており、日本とノルウェーは世界の船隊規模でトップ10にランクインしています。そもそも、石山さんはどのようなご経歴で現在のノルウェーでのポジションに就かれたのですか?
石山
- 大学卒業後、商船三井に入社し、入社当初は自動車運搬船のオペレーションを経験しました。また、船舶管理部門に所属し、自社フリートのコスト管理やS&P(Sales and Purchase)を経験した後、タンカー部門に異動、プロダクトタンカー、メタノールタンカーなどの様々なタンカーの運航、営業(傭船業務)、マネジメント業務に携わりました。
この間、東京本社だけでなく、コペンハーゲンの合弁パートナーの事務所で半年、当時の顧客の一社であった商社で2年、商船三井とデンマークの合弁会社のシンガポール法人で4年の勤務経験の他、2017年から2021年まで商船三井のヒューストン事務所でも勤務しました。ヒューストンでは、北米、中南米全域にわたるタンカー事業の営業開発を担当しました。2023年からはノルウェーに拠点を移し、北欧地域の事業開発を担当しています。
-

Blue Maritime Cluster主催イベントで講演する、MOL Shipping Norway ASでCEOを務める石山英一
--- 日本、シンガポール、アメリカでの事業経験をお持ちのリーダーとして、ノルウェー事業の指揮を執るにあたり、どのような課題に直面されましたか?
石山
- ノルウェーの事務所は、既に事務所を構えていたアメリカやシンガポールと違い設立されて間もない事務所です。アメリカやシンガポールでは前任者の任務を引き継いでの業務でしたが、ノルウェーでは事務所を一から立ち上げることになりました。マネジメントの観点から見ると、経験と知識が豊富なスタッフ達に非常に助けられています。ノルウェー人は相手を信頼する点などで日本人と似ているところもありますが、ビジネススタイルに関しては非常に合理的な考え方をする人が多いです。
-

ノルウェーのチームメンバーと
持続可能な未来への地域的な推進
--- 商船三井は、2050年までのネットゼロ・エミッションを目指す世界的な動きに合わせ、グループ全体として事業の持続可能性を重視してきました。水素とバイオディーゼルを燃料とした日本初のハイブリッド旅客船「HANARIA」から、革新的な風力補助推進システムにより1日で最大17%の燃料消費量の削減効果を記録した「ウインドチャレンジャー」搭載の「松風丸」まで、世界各地でユニークな取り組みを通じて模範を示してきました。特にノルウェーでは、浮体式洋上風力開発におけるリーディング企業であり、GoliatVINDなどのプロジェクトに取り組むOdjfell Oceanwind社に出資しています。
海運業界が、今後数年間でサステナビリティ分野で期待できる重要なマイルストーンとはどういったものでしょうか、そして商船三井はノルウェーでどのようにこれらの目標を達成するのでしょうか?
石山
- 現在でも、メタノール燃料エンジンを搭載した二元燃料船であれば、バイオメタノールを活用したネットゼロ航海が可能です。商船三井ではすでに実績がありますが、まだ活用は一般的ではありません。また、アンモニア燃料船の開発も進んでいますが、普及には、アンモニア燃料供給インフラの整備も含め、まだ時間がかかるでしょう。こうした状況を考えると、ノルウェーは他国より一歩リードしているといえます。
短距離航行用ではありますが、ノルウェーのフェリーは既に電動化が進んでおり、水素燃料電池を搭載したフェリーも運航されています。商船三井のグループ会社である旭タンカーも東京湾でピュアバッテリー電気推進(EV)タンカーを運航していますが、この船にはノルウェーの会社が供給した燃料電池が使われています。ノルウェー政府はオイルガスで得られた莫大な利益を活用し、補助金と言う形で、水素・アンモニア燃料船やインフラ構築のサポートを行っており、そのようなビジネス・技術が他の地域に比べて比較的早く進展しています。
その上、ノルウェーは水力発電を元にした豊富で比較的安価な再生電力があることから、グリーン水素・グリーンアンモニアの生産プロジェクトも多数あり、ノルウェー政府はそこで生産された燃料を利用して、船舶の燃料転換を促進するべくサポートしています。
ノルウェー政府は2030年までにCO₂排出量を50~55%削減する目標を掲げています。これは、自ら生産したガスを使って発電する石油・ガスプラットフォームからのCO₂排出にも適用されます。現在、政府の支援のもと、これらのプラットフォームは浮体式洋上風力発電所の建設によって少しずつ電化され始めています。これらの施設には、洋上支援船も必要であり、この船も少しずつ代替燃料に移行しています。
当社としては、そう言ったノルウェーでの脱炭素関連ビジネスに関わる事により、経験と知識を得て、ノルウェーのみならず、アジアを中心に世界での脱炭素化に貢献したいと考えています。

Norled社が開発した世界初の水素フェリー、MF Hydra
-
---商船三井がノルウェーでのプロジェクトに選ばれている理由はどこにあると考えますか?
石山
- ノルウェーには既に8社の商船三井の関連会社が存在しています。そのほとんどが合弁事業としてスタートし、その後出資比率を高めてきました。ノルウェーの人たちは新しいビジネス・パートナーを見つけることに非常に前向きですし、歴史的に見ても、ノルウェーの海運会社は日本企業(造船所、船主、銀行)との取引に馴染みがあり、多くのノルウェー企業にとって日本企業は信頼できる好ましいパートナーです。エクイティ・ファンドやインフラ・ファンドとは異なり、商船三井は長期的なビジョンに基づいたパートナーシップの構築を望んでおり、これは多くの潜在的な投資家候補に好印象を与えています。
-

ノルウェー地域の関連企業8社
多様な分野で価値を創造する
--- ノルウェーでは、商船三井はCCUSのバリューチェーンを支えるCO₂輸送から、EnviroNor AS社との協業による海水淡水化船など、さまざまな分野に携わっています。現在、ノルウェーで最も力を入れているプロジェクトは何ですか?
石山
--- 商船三井のCCUSバリューチェーンへの関わりについて、さらに詳しく教えていただけますか?
石山
- 商船三井は、LNG、LPG、アンモニアなどの液化ガス輸送のノウハウを持っていますし、CO₂輸送のノウハウを得るためにLarvik Shipping社にも出資しています。こうした知識と経験を活かし、商船三井は世界各地のCCUSプロジェクトにおけるCO₂輸送への参画を進めています。
北欧では、ノルウェーを中心に複数のCCSプロジェクトが計画されており、CO₂輸送の観点から私たちもこれらのプロジェクトに参画したいと考えています。また、ノルウェーには、船舶から排出されるCO₂を回収するOnboard CCSを開発している企業がいくつかあります。現在、私たちの船舶の主な代替燃料はLNGですが、LNGもCO₂を排出します。そのため、Onboard CCSは船舶からのCO₂排出を削減する有効なソリューションのひとつと考えられています。現在、商船三井は様々なメーカーの機器の評価とCO₂バリューチェーンの構築を進めています。
-

左)夏に森の中を散歩するノルウェーの人々
-
右)クロスカントリースキーも人気のアクティビティ
架け橋と新たなチャンス
--- 商船三井では異なる地域間、特に日本とノルウェー間の事業をどのように統括しているのですか?
石山
- コミュニケーションは非常に重要なので、ロンドン、東京、その他の関連オフィス間では常に緊密に情報を共有しています。オンラインミーティングも円滑なコミュニケーションに役立っていますが、相手の本音を知るという意味で、直接会って話すことも大切にしています。そのため、定期的にロンドンや東京に出張し、コミュニケーションを密にしています。
-
--- 特に最近の洋上風力発電プロジェクトへの投資によって、ノルウェーにおける商船三井の将来性が高まることは明らかです。今後数年のうちに、商船三井のこの地域でのプレゼンスはどのように発展していくとお考えですか?
石山
- ネットゼロへの移行はまだ進行中ですが、ノルウェーは政府の補助金制度による支援もあり、他の国に比べて脱炭素化の分野で進んでいるので、これらの分野に追加投資を行い、現在の8社のポートフォリオを少なくとも数社拡大したいと考えています。 また、養殖業はノルウェーでは石油・ガス産業に次いで2番目に大きな産業であり、多くの高品質な魚が日本に輸出されているため、この分野でも何らかの貢献ができればと思っています。
引き続き、脱炭素化に貢献するために、現地企業への投資やM&Aなどを通じて協力関係を築いていきたいと考えています。その結果、数年以内にオスロ事務所が主導するプロジェクトでキャッシュフローを生み出したいと思っています。


ノルウェーでは壮大な自然の魅力を満喫することができます
※本記事は2024年12月に実施されたインタビューを基に作成しています。