2024年10月29日
アジア初となる新造SOV(Service Operation Vessel)を台湾の洋上風力発電所の支援業務へ投入し、これを足がかりに、洋上風力発電のバリューチェーンでも存在感を発揮するべく、常に先を見据え取り組みを進める商船三井。私たちは、創業140年の実績を誇る総合海運の領域にとどまらず、洋上風力発電という未知の世界を切り拓いていく。
海の上に立つ巨大な風車が、風を受けて回転し、電力を生み出す。それが洋上風力発電だ。クリーンで安定した電力供給が見込まれるこのシステムをいち早く取り入れたのはヨーロッパである。特に、タービンの設置に適した遠浅の海が広がる北海海域には、1990年頃から多くの風車が建設されてきた。その後、技術の進展に伴い、再生可能エネルギー源の主力と期待されるようになり、現在は、世界各国で導入が加速している。GWEC(Global Wind Energy Council)のリポートによれば、2012年に全世界で5.3GWだった設置容量は、2022年にその10倍以上となる64.3GWに到達。市場は今後も拡大し続ける見通しで、2050年にはさらに今の30倍に達すると見込まれている。
photo provided by Ørsted
2017年にSEP船(Self-Elevating Platform=洋上風力発電設備設置船)事業に参画して以来、洋上風力発電分野の動向をつぶさに追いかけてきた商船三井でも、2021年に「風力エネルギー事業部」を発足、洋上風力発電のプレゼンスは急速に高まっている。
2022年に竣工したアジア初の新造SOV(Service Operation Vessel)に関するプロジェクトは、まさにそうした流れの中でスタートした取り組みだった。SOVとは、陸地から遠い沖合に建造される洋上風力発電施設の建設やメンテナンスの支援業務に特化した大型作業支援船のこと。技術者のための快適な居住空間や、彼らを風車上のプラットフォームへ安全に渡すために洋上での揺れを軽減する機能を搭載したギャングウェイ(人道橋) を備えているのが特徴だ。2020年に当社は、台湾の有力船主で、我々の台湾における長年のビジネスパートナーである大統海運(Ta Tong Marine)と、ジョイントベンチャー大三商航運股份有限公司(Ta San Shang Marine Co. Ltd)を設立。同社は、ノルウェーのヴァルド社(VARD Group A/S)がベトナムに保有する造船所で、新造SOV「TSS PIONEER」の建造に着手した。竣工後は、定期傭船契約(Time Charter Party)を締結したデンマークのオーステッド社(Ørsted A/S=世界最大の洋上風力発電開発事業者で、台湾最大規模の洋上風力発電所「大彰化(Greater Changhua)洋上風力発電所」の開発を手掛ける企業)の台湾法人に船を貸出し、運航支援業務に携わっている。
アジア初となる新造SOV「TSS PIONEER」
そもそもなぜ、国際海運を本業とする私たちが、洋上風力発電事業に進出することになったのか。応札時から本プロジェクトに携わり、大三商航運股份設立後は現地の台湾へ赴任、プロジェクトマネージャーを務める伊藤史哉は、次のように説明する。
「一つは、世界中で脱炭素社会の重要性が叫ばれている中で、これまで当社が生業としてきた、 化石燃料を焚きながらものを運ぶという仕事が、従来のようには評価されにくい状況になったことがあげられます。会社全体として事業変革しなければならないという強い思いがあり、その選択肢として出てきたのが、これからの再生可能エネルギーとして期待の高い洋上風力発電事業でした。そしてもう一つは、洋上風力発電が、その名の通り、船の存在が欠かせない海の上を舞台に行われている事業だからです。まさに私たちが、海運会社として140年の歴史の中で培ってきた経験やノウハウを活かせるフィールドに違いないと、改めて力を入れ、取り組むことになりました」
今回、新造SOV「TSS PIONEER」が投入された大彰化洋上風力発電所の総発電容量は900MW。およそ原発1基分に相当し、オーステッド社によれば、台湾の一般的な家庭100万世帯に十分な電力を供給できる量だという。
「台湾も日本も2023年の夏は酷暑でした。自分が子どもだった頃は、真夏でも平気で外に出掛けて遊ぶことができましたが、今はそういったことが難くなっていると感じます。持続可能な社会から遠ざかっているのでは?と卑近な点で感じることが増えています。そんな時代だからこそ、企業の一員としてはもちろん、未来のある子どもを持つ一人の親としても、この再生可能エネルギー事業に携わることに大きな意義を感じています」と伊藤は続ける。
洋上風力 商務代表 伊藤史哉(所属名は2024年1月時点)
一方、SOV事業の責任者で、伊藤と共に台湾でのプロジェクトでも中心的な役割を担う森口岳泰は次のように述べる。
「伊藤からも、会社全体として事業変革に迫られているという話が出ましたが、このようなプロジェクトに携わる機会を与えられた私たちだからできること、そしてやらなければいけないことがたくさんあると思っています。会社の主力事業におけるGHG削減の課題にも真摯に取り組み、社会全体のGHG削減への貢献についても考える。正直、簡単なことではありませんが、各国のパートナーたちとの協業を通して、情報も技術も取り入れられるものは貪欲に取り入れ、そして有効なものは他の事業部門に積極的に還元していく。そういう心持ちで、今は日々の仕事に取り組んでいます」
電力・エネルギー事業群 第二ユニット 風力第一チーム 森口岳泰(所属名は2024年1月時点)
現在は、台湾の彰化沖で、洋上風力発電所のメンテナンス支援を行っているSOV船「TSS PIONEER」だが、一般の商船ではあまり見ることのない、こだわりの設計が随所に散りばめられている。
「特にユニークなのは、船の中の動線がなるべく一つの方向に流れるような設計になっていることです。例えば、作業員たちは、朝、居住スペースで目を覚ますと、すぐに身支度を整え、朝食を摂るために下階に降りていきます。食事を終えたら更衣室に移動し、作業着に着替える。そしてその後は、倉庫スペースに立ち寄って各々が必要な資材を携え、タービンへと続くギャングウェイのある上階へとエレベーターで昇っていくのですが、こうした人の流れがすべて一方向になるように船内がデザインされています。他にも、安全性や物を運搬する際の効率性や安全性を考慮して、段差を徹底的に排除したり、扉の大きさは4人の大人が緊急時にストレッチャーをスムーズに運べるサイズにしたり、至るところに丁寧な作り込みがなされています」と伊藤が説明する。
また、そうしたハード面以外にも、多国籍なメンバーが集う作業員たちに提供する食事の味にもこだわっており、こちらも現場からの評判は上々だという。
ただ、商船三井も、台湾側のパートナーである大統海運も、今回が、はじめてのSOV事業への参画で、当初は理解が不十分なことも多く、まさに手探りの状態でのスタートだった。もちろんヨーロッパに足を運べば、先行する事例を見て学ぶことはできたはずだ。しかし、当時はコロナのピークシーズンで国外に出ることもままならない状況。できることが限られた状態で悶々としながら、試行錯誤する日々を過ごしたという。
「これまでに経験したことがない、まったく知見のない状態での任務。すべてを新しいものとして学び、吸収するという気持ちで、あとは予断を持って臨まないということをいつも心がけていました」と伊藤が当時の様子を振り返る。
そんな中で、クライアントであるオーステッド社の担当者からは、「この船は船である以前にフローティングホテルであり、快適なオフィスでもあるということを肝に銘じてもらいたい」と念を押された。普段、自分たちが運航している一般商船とは違うのだというメッセージは、プロジェクトメンバーたちにより一層のプレッシャーを与えた。
通常の商船と比較して充実したTSS PIONEERのジム
「それこそ、日々の洗濯は乗組員が担うのか、乗客に各自お願いするのかといった生活の細部に至るところまで、何度も議論を重ねました。そしてそれぞれ最適解だと思われるものを見つけたらそれを採用するということを繰り返し、何とか竣工にまで漕ぎ着けました。こうしたアプローチは、実は今も、日々操業を続ける中、改善という形で継続しています」と森口は話す。
コロナの影響で、普通が普通ではなくなった2年間。2人が「TSS PIONEER」を初めて目にしたのは、船が無事に竣工を迎えた2022年春のことだった。
「ようやく台湾に渡ることができ、最初に船を見たときの印象は……、意外とちっちゃい船だなと。普段、よく目にしている船の全長が200m〜300mほどあるので、全長85.4m、全幅19.5mのサイズ感は少し見慣れない姿でした。そういう意味でも未知の取り組みだったのだと思います。しばらくすると、この2年間頑張ってきたことが少しずつ頭に浮かんできて、再び船に目を向けたとき、やっとすべてが報われたような気持ちになりました」と、森口は当時の様子を振り返る。
一方、伊藤は「もちろん感慨はありましたが、建造中の様子を一度も見に行けなかったという思いが拭えず、なかなか実感が湧かなかったのが率直な気持ちです。切り替えられたのは、台湾に駐在し、船の操業がはじまってからのこと。クライアントからも折に触れて、TSS PIONEERのクオリティや安定した運航を褒めていただき、じわじわ喜びが湧きあがってきました」と話す。
ただ、船が竣工してからも、社内への理解の浸透には時間がかかった。「未知なものに対する当然の反応」と理解していたが、かといって辛くないわけではなかったという。
「プロジェクトには地球環境への貢献という多大な意義があり、会社としてもチャレンジングな試みだと何度も自分に言い聞かせていました。この新しい船種について知っているのはまだ自分たちだけなのだから、理解してもらえるまで何度でも説明を繰り返そうと、信念をもってプロジェクトに向き合っていたように思います」と森口は言う。
風向きというのはいつかは変わるものだ。それが例え、逆風だったとしても。
2023年に当社の新しい経営計画として「BLUE ACTION 2035」が策定されると、それは明らかに追い風へと変わった。再生可能エネルギー事業に対する社内の見る目が変わり、SOV事業はその再生エネルギー事業の旗手として扱われるようになっていったのだ。
「冒頭でも触れたように、洋上風力発電は、市場としても将来を約束されたものになりつつあります。ある意味、運が良かった面もありますが、粘り強く取り組んできた結果として、今、このような仕事に携われていることは、非常に幸運なことだと感じています」と森口は笑う。
SOV船「TSS PIONEER」プロジェクトの当面の目標は、オーステッド社との定期傭船契約を最後まで全うできるよう、少なくともこれからの13年間、今まで同様に、安定運航を支援し続けていくことである。
SOV船に関しては2023年11月に、ジョイントベンチャーの大三商航運を通じ、オランダのダーメングループ(Damen Group)と新たな造船契約を締結。現在は2隻目となるSOV船を、ベトナムの造船所で建造中だ。この新造SOVも、竣工後は台湾の洋上風力発電所の支援業務へ投入される予定である。
台湾では現在、原子力発電から再生可能エネルギーへの転換が計られていて、電源構成に占める再生可能エネルギーの割合を、2025年には20%、2030年には30%とする目標が掲げられている。当プロジェクトからも推測できるように、特に洋上風力発電への期待は大きく、今後も台湾での事業は拡大していく可能性が高いはずだ。
署名式の様子 左から商船三井 専務執行役員 鍬田博文、大三商航運 董事長 林宏年氏、Damen Director Mr. Jelle Brantsma
「ただし今後は、台湾以外のアジア地域でも、SOVの需要が出てくると見込んでいて、なかでも自分たちのホームグラウンドである日本、そして韓国など、地の利を活かせるエリアでは特に力を入れて取り組みを広げていきたいと考えています。今回の経験でよくわかったのは、SOV事業の成功の鍵を握るのはローカルパートナーとの良好なチームワークと、適切な協業体制の構築だということ。それはまさに当社が、長年の歴史の中で、得意としてきたことでもあるので、これからの展開には私たちも期待しています」と森口は話す。
なお、風力エネルギー事業部では、すでに進出済みのCTV(Crew Transfer Vessel)や、今回のSOV事業を足がかりとして、洋上風力のバリューチェーン全体に貢献していくこと、そしてそれらの取り組みを、商船三井全体のコア事業に育てていくことも目標に掲げている。
「SOVはいわば、はじめの一歩。ここで立ち止まることなく、今後は、電力ケーブル敷設船や、タービンの部材を輸送する重量物船、モジュール船等についても、続々と投入していきたいと考えています」と伊藤は話す。
また、これまで世界の洋上風力発電は、海底に基礎を固定して設置する「着床式」が主流だったが、日本の沖合は水深が深く、設置できる場所が限られてしまうため、なかなか導入が思うようには進んでこなかった。しかし、日本政府が掲げる洋上風力発電の目標を実現するためには、もうどのような言い訳も通用しないフェーズになっている。「浮体式」のコストダウンを含めた技術発展が急務であることは間違いない。ただ一方でその問題がクリアされれば、この先は「浮体式」が急速に広まる可能性が高まるというわけだ。
「そういう状況になれば、当社にはこれまで、FPSO(浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)やFSRU(浮体式LNG貯蔵再ガス化設備)といった浮体構造物の事業に力を入れて取り組んできた経験がありますので、さらに力を発揮できる分野が増えるのではないかと期待しています。浮体式洋上風力発電には会社として大きな可能性を感じていて、この先、深くコミットしていきたいと考えているところです」と伊藤が続ける。
また、直近では、洋上風力における発電事業にも乗り出した。なぜ、海運会社である当社が発電事業に手を出すのかと思われるかもしれないが、発電事業に取り組むといっても、一般的に発電事業をリードしているような電力会社や商社のような役割を担う意思はないという。
「洋上風力発電という新しい市場に飛び込んだものの、今回のSOVプロジェクトがまさにそうであったように、洋上風力という市場のことをあまりにも知らないことが浮き彫りになりました。つまり、当社の狙いとしては、先程も述べたように、そこで活用される船舶や何かしらのサービスを提供するところをしっかり頑張っていきたいのですが、そのためには発電事業者の困りごとやニーズをもっと深く理解する必要があると考えています。少しおこがましい言い方になりますが、自ら発電事業者になることで、異なる視点から市場を眺め、ニーズやウォンツをしっかり学びたいと思っています」と森口は話す。
海は私たち商船三井にとってホームだ。しかし、同じ海を舞台とする洋上風力発電事業においてはチャレンジャーとして、来たる再生可能エネルギー時代の風を掴み、豊かな未来社会の実現を目指し続けていく。
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