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「海洋温度差発電」がもたらす社会創造 海からこそ導き出せたサステナブル支援 (後編)

  • エネルギー
  • 環境負荷低減

2024年10月21日

商船三井では、「海洋温度差発電(Ocean Thermal Energy Conversion=OTEC)」の実証プラント運営への参加と関連技術開発を進めています。発電にとどまらず、発電に利用する深層海水を活用することによる地場産業や生活インフラの創出など波及効果が大きく、島国の経済的な自立の基盤になる可能性を秘めているOTEC。本ブログシリーズでは前・後編に分けて、海洋温度差発電プロジェクトの担当者へのインタビューを交えながら、本プロジェクトの概要やプロジェクトに懸ける想いをお届けします。

前編はこちら→
「海洋温度差発電」がもたらす社会創造 海からこそ導き出せたサステナブル支援 (前編)


商船三井がOTECに取り組むワケ

商船三井が久米島でのOTEC実証プラントの運営に参画することを発表したのは、2022年4月。パートナーとなるのは佐賀大学と熱交換器メーカーの「ゼネシス」だ。同年に、久米島でのOTECが環境省の「令和4年度地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」に採択され、設備の大型化に向けた技術検証を進めている。
 なぜ船会社である商船三井がOTECなのか。商船三井のウェルビーイングライフ営業本部 ウェルビーイングライフ事業統括部 新規事業創成チームでコーディネーターとしてOTECや波力発電など海洋再生可能エネルギーの事業化への取り組みを担当している細見康仁は、「当社が掲げる『BLUE ACTION MOL』の理念に合致して、新たな世界像を築ける事業であると確信したためです。また海運業は市況に業績を左右されやすい特質がありますが、企業が安定的に社会に貢献していくためには基盤となる事業を他にも立ち上げる必要があると考えてのことでもあります」と説明する。

商船三井がOTECに取り組む理由は?ウェルビーイングライフ事業統括部 新規事業創成チーム 細見康仁 (インタビュー当時担当)

細見によれば、新規事業創成チームのメンバーが久米島モデルを知った時には、「運命的な出会いとすら感じた」と言う。OTECは安定した発電事業であると同時に、深層海水を利用した水や食料の生産など社会インフラとしての波及力が大きい点が極めて魅力的だった。
 「苦労されながら技術を確立してきた佐賀大学やゼネシスの皆さんの熱い想いに心打たれ、『どっぷりと』と表現してよいほどに私たちもOTECに魅入られています。OTECや深層海水を起点に、地域に根差したインフラ事業を展開し、人々をウェルビーイングに!という思いで、これからも事業化に向け注力しています」(細見)
 佐賀大学、ゼネシス、商船三井のそれぞれの役割は明確だ。佐賀大学はOTECの技術そのもの効率化やOTECを活用した海水淡水化などの技術開発とアドバイスを行う。ゼネシスは、より大型の発電設備向けの熱交換器の開発やプラントエンジニアリングの向上を担う。そして商船三井は、先にも述べた通りOTECの商用化・大型化に向けた技術支援とビジネスモデルの構築に取り組んでいる。

現在、久米島には100㎾のOTEC実証プラントが設置されているが、世界初となるOTECの商用化を2027年頃に1MW級の規模で実現させることを目指している。
 設備面ではまず、深層海水の取水管の見直しを課題としている。現在の久米島の発電プラントでは、内径28cm(深海部)、リーフ部も含めた長さは2kmを超える取水管2本で、1日1万3000tの海水を汲み上げている。だが、周辺産業のさらなる拡大を考えると、取水量を増やす必要がある。しかし、「大規模取水管だけで設備コストの大半を占めてしまうことになり、取水方法含め、全体コストの削減策を見い出さなければなりません」と細見は話す。

白い取水には8~9℃の深層海水、黒い取水管には26℃の表層海水が流れている

白い取水には8~9℃の深層海水、黒い取水管には26℃の表層海水が流れている

発電プラントの大型化をめざすにあたり、熱交換器の技術革新も必要になる。先程、久米島のOTECが、環境省の技術開発・実証事業に採択されたと紹介したが、この事業では3年間をかけて、大型の熱交換器の製造と性能検証を行い、OTECの大規模設備の商用化をめざしている。
 「発電能力が1MWクラスのOTECでは、1日に18万tの深層海水を取水しますが、久米島では最低でも10万tの需要は創造できると見込まれています。久米島町では独自のエネルギービジョンを策定していますが、2035年には島内のベースロード電源(昼夜を問わず安定的に発電できる電源)の7割をOTECで賄うことを構想しており、その願いにも応えていきたいと考えています」(細見)

商船三井のサステナブル哲学

商船三井は、久米島の実証事業に参画してOTECの領域に挑み始めた。しかし、将来、どのような事業モデルを構築し、選択していくか、具体的な方向はあえてまだ定めていない。電力事業者という顔を持つようになる他にも、OTECを活用した社会・産業インフラの仕掛け人になっていくという可能性もある。
 「深層海水はOTECへの利用のみならず、水産や農業、空調利用など、様々な分野で二次利用することができます。あらゆる可能性がある中で、商船三井としてどのようなビジネスモデルを創るかをこれからのテーマにしています。今は、佐賀大学やゼネシス等OTECチームの皆さんと一体となり、彼らの熱意を感じながらOTEC・久米島モデルの普及に向けて走っていきたいという想いです」と細見は言う。
 一方で、すでにOTECの普及に向けた具体的な動きも始めており、そこにあるのは、海運会社ならではのサステナビリティ開発への思いだ。その一つの候補地として注目したのが、アフリカ西南沖の島国、モーリシャスである。

モーリシャスモーリシャスの島の面積は2040㎢で、東京都とほぼ同じモーリシャスの島の面積は2040㎢で、東京都とほぼ同じ

モーリシャス政府は、2030年までに再生可能エネルギーの割合を60%まで引き上げるロードマップを策定しているが、これに応え得る技術の一つがOTECなのである。
商船三井は、2022年5月より約1年間、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援のもと、OTEC設備の設置条件等の調査を実施、2023年12月末からは新たに経済産業省の支援を受け、その調査結果を踏まえたOTEC候補地の妥当性を検証する新たな事業を開始している。今後はモーリシャスをはじめ世界各国での自然エネルギー活用への取り組みや、深層海水を使用した産業の可能性に着目し、事業化検証を続けていく。
 サステナブル社会の創造や、その貢献に取り組むとき、OTECは発電だけにとどまらず、周辺の新たな産業の創出などを通じて人々の自立支援にもなるという、まったく新しい着想を人々に、特に海運会社など海に関わる企業に与えてくれているのである。

日本だけで原発25基分のOTECポテンシャル

海は巨大なエネルギーポテンシャルを備えている。IEA-OES(International Energy Agency - Ocean Energy Systems)では、世界の海洋温度差エネルギーの理論的な年間発電量は1万TWh(テラ=10の1兆倍)と示している。
 日本では、研究者試算によれば離岸距離30㎞、水深100m以下の海域で、OTECで1560億㎾hの潜在的な利用可能量が存在するという。それは、原子力発電所に換算すると25基分という巨大な電力量になる(出所:日本経済新聞2011年12月7日「『周回遅れ』の海洋エネルギーが秘めた力~東大の大下教授に聞く」)。

また、海洋再生可能エネルギーの有効活用に向けて「浮体式船型OTEC発電所」の構想も練られている。これは、海上に浮かぶ船上で表層海水と深層海水を取水して発電するというものだ。ただし浮体式OTECでは、船に搭載した発電設備から海底ケーブルなどで電力のみを地上に送ることになるため、周辺産業の拡大よりも発電に専念する形になる。
 いずれにしても細見は、「OTECが本格的な普及期を迎えれば、商船三井が役立てる場面はどんどん増えるでしょう。当社が持つ海外ネットワークを活用した情報収集や事業展開に加え、特に浮体式であれば、海洋事業に積極的に取り組んできた海運会社としてのO&M技術を提供できます 。それはそこまで遠くなく、むしろすでに始まっている未来だと感じています」と話す。

商船三井浮体式OTECイメージ図

浮体式OTECのイメージ

商船三井に入社して10年という細見。小学生の頃から「環境問題」が社会テーマになっていた世代だ。その世代が今、OTECに挑んでいる。「私の職歴はコンテナ集荷営業と経理でしたが、海洋再生可能エネルギーについては知っていましたし、環境問題に取り組むのは世代の宿命のようなもので、OTECのような新規事業に取り組めるのはうれしい挑戦です」と語る。
 そんな細見たちを事務局としてサポートしているのが入社3年目の新規事業創成チームの五箇菜帆だ。「就活の時には、商船三井はチャレンジングな会社だと聞かされていましたが、私のような若者がこんな重要なミッションにコミットさせてもらえているなんて本当にチャレンジングな会社だと思っています」と言う。

細見さんと五箇さんウェルビーイングライフ事業統括部 新規事業創成チーム 五箇菜帆(インタビュー当時担当)

それもこれも、「海から世界を、世の中を考えてみる」からであり、それは誰にでもできることではない。地球の表面の7割以上を占める海。商船三井は、その海を起点として海運企業から社会インフラ企業へとフィールドを広げていく。OTECへの挑戦は、まさにその姿勢を体現するものなのである。

 

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