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ウインドハンタープロジェクトが新たなシーンへ 水素サプライチェーンの構築のための技術研究を開始

  • エネルギー
  • 環境負荷低減

2024年11月19日

究極のゼロエミッション船の開発に挑む商船三井の「ウインドハンタープロジェクト」が、新たなシーンを迎えた。実験船「ウインズ丸」は、実験の場を長崎県・大村湾から東京湾に移し、航行しながら製造した水素を荷揚げして陸上で利用するための技術研究に入った。プロジェクトメンバーは、「ウインドハンターの商用化に向けた本当の産みの苦しみはこれからだ」と予測しつつも、世界で初めての誰も創造したことのない船の実現に確かな手応えを得始めている。

水素を製造・貯蔵しながら走る「究極のゼロエミッション船」 

商船三井の「ウインドハンター」は、洋上に吹く風を帆で受けて航行する船。しかし、これまで当社が造ってきたどんな船とも違うのは、風を受けてタービンを回して発電し、海水を水電解して水素を製造し、水素を貯め、エネルギーを必要とする場所に運ぶ「洋上風力発電と水素製造設備が融合したハイブリッドプラント」であるということ。風がないときは貯蔵している水素をエネルギーとして航行する。つまり温室効果ガスを一切排出しない究極のゼロエミッションを実現する船なのだ。 

 当社はすでに、船の舳先に設置した伸縮する帆(硬翼帆)が風力を得てエンジンの動力推進をアシストする「ウインドチャレンジャー」を商用化している。ウインドハンターは、ウインドチャレンジャーの“進化系”として、甲板上に何本もの硬翼帆を立てて航行する。 

 従来、海運業はA地点とB地点の間で荷物を輸送することを任務としてきた。そのために船も、物を積むための構造だった。しかしウインドハンターは、その狙いからもわかるように単なる運搬ではなく、エネルギーの生産と貯蔵、運搬などの複数の機能を備え、海運業のビジネスモデルの進化をも促すのである。 

Wind Hunter_sailing(トリミング不可)

コンセプト検証を無事に終えた実験船「ウインズ丸」

その実用化に向けてまず準備されたのが、実験船「ウインズ丸」だ。ウインズ丸は、長さ約12メートル、排水量7.9トンのプレジャーヨットを改装した小さな船。実験は、2021年から長崎県のハウステンボスマリーナを拠点に、大村湾を実験場として始まった。

ウインズ丸の外観まず「水素生産モード」として①洋上を吹く風を受けてタービン(プロペラと兼用)で発電できるか、②発電した電気で海水を水電解して水素を製造できるか、③製造した水素を貯蔵できるか、また「水素消費モード」として①貯蔵した水素を船のエネルギー用として取り出せるか、②燃料電池で発電できるか、③電動プロペラでヨットを推進できるか、などのテーマについて実験が繰り返された。

風を利用した発電では1.0キロワット、水電解性装置による水素製造では毎分約1.0リットル、消費モードでは製造した水素を利用して燃料電池で約1.0キロワットの発電と電動プロペラによるヨットの推進などの結果が得られた。

プロジェクトリーダーである商船三井技術研究所所長の島健太郎は、「大村湾での実験では水素の製造や貯蔵、運搬、そして利用というサイクルのコンセプト検証に成功しました。またエネルギー効率の改善のためのプラントや船のシステムの見直し策なども得られ、いわゆるスタートステージをクリアすることができました」と語る。

06_MCH (1)

※風の力で航行しながら、水中のタービンを用いて発電し、海水から作った純水を電気分解することにより水素を創ります。生産した水素は、トルエンと化学反応させることで、水素キャリアの一つであるメチル・シクロヘキサン(MCH)の形に変えて、船内のタンクに貯蔵。そのMCHから脱水素した水素を船の推進力に変換・利用します。

商船三井 技術研究所所長 島健太郎

商船三井 技術研究所所長 島 健太郎(2024年5月 インタビュー当時)

実験の場は大村湾から東京湾へ
テーマは「水素サプライチェーンでの優位性」

ウインズ丸を使った実験は、2023年10月から次の段階へと移った。
ウインドハンタープロジェクトが、東京都が展開する「東京ベイeSGプロジェクト 最先端再生可能エネルギー先行プロジェクト」に認定され、実験の場が大村湾から東京都の中央防波堤エリアへと移るとともに、水素サプライチェーンでのウインドハンターの優位性の検証が重要なテーマになったのだ。

東京ベイeSGプロジェクトは、東京湾に臨む臨界都心エリア(台場・青海・有明)と、その沖側に隣接する中央防波堤エリアの二つを舞台に、「自然と便利が融合する持続可能都市の実現」を探るもので、ウインドハンターの他にも空飛ぶクルマの開発や5Gを活用した自動運転技術の確立などが先行プロジェクトに採択されている。

東京湾での最も大きなテーマは、ウインドハンターで製造・貯蔵した水素を荷揚げして陸上に供給するための各種の技術を実験することだ。つまり製造から利用に至る一連の水素サプライチェーンの構築や、関連する事業者たちとの協業ができるかどうかの確信を得ようとするものだ。2024年5月には、東京都が主催した「SusHi Tech Tokyo 2024」※にて初めて一般向けに公開もされ、関係者はもちろん、多くの一般の来場者からも注目を集めた。

東京ベイeSGの先行プロジェクトによる東京都の補助は3年間の予定だ。所長の島は「東京都の援助はもちろんありがたいのですが、なによりも東京湾が実験の場になることで、首都圏に多くいる研究者や関連事業者との協業が容易になり、水素サプライチェーンにおけるウインドハンターの技術課題や優位性を研究しやすくなるのが、私たちにはとてもありがたいことなのです」と説明する。

※「持続可能な新しい価値」を生み出す「Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo」を推進する東京都主催の取り組み。世界共通の都市課題解決に向けた東京発のイノベーションを創出するとともに、未来の都市モデルを発信する。

SusHi Tech Tokyo 2024で公開されたウインズ丸とその船内SusHi Tech Tokyo 2024で公開されたウインズ丸とその船内

水素の貯蔵・運搬にMCH方式を採用
そのための陸上設備も検討課題に

島が言う「ウインドハンターの優位性」とは、製造した水素を貯蔵する「MCH方式」が一連の水素サプライチェーンの仕組みとして優位性を持てるかどうかという意味である。

水素の貯蔵・運搬技術にはいくつかの方式があり、最も知られているのが水素をマイナス235度の極低温で液化して輸送する「液化方式」だ。液化方式のためには水素の冷却設備や運ぶ船では極低温を維持するタンク設備など社会インフラと表現してよいほどの大きな規模の投資が必要になる。

これに対してウインドハンターで取り組もうとしているのは、水素とトルエンを結合させて貯蔵・輸送する「メチルシクロヘキサン(MCH)方式」である。水素とトルエンを結合させるとMCHになり、MCHからトルエンを切り離すと水素単体に戻る。これは、「有機ハイドライド法」とも呼ばれる。

MCH Hydrogenate device
 

MCH方式には他の水素貯蔵・輸送方式にはないメリットがいくつかある。①常温常圧で液体であり、②水素吸蔵合金よりも水素重量密度が高く、③既存のガソリン用インフラがそのまま利用でき、④ガス水素からMCHに変換するためのエネルギーが少なく済む、などである。MCHは、塗料や接着剤、修正液溶剤などの工業用原料としても使われている。MCHを水素エネルギーにするか他の用途にあてるかを柔軟に使い分けられるというのも大きなメリットだ。

実はウインズ丸の大村湾での最初の実験ステージでは、製造された水素は水素吸蔵合金に貯蔵されていた。しかし東京湾ではMCH方式に切り替え、MCHで貯え、陸上に供給する仕組みや必要な設備について検討する。

洋上に風がなく、船が水素を利用するときには専用タンクに貯められているMCHを脱水素装置で分離し、水素を得た燃料電池がプロペラを回して航行する。

MCH Dehydrogenate deviceFuel cell

2027年度には検証船、そして30年頃には商用船を投入

ウインドハンターはプロジェクトとしてはまだ実験段階だが、すでに「ステージ2(検証船)」や「ステージ3(商用船)」に至るロードマップが描かれている。

2027年度の終了を目処とするステージ2では、「中型水素生産船を建造して大型商用船の経済性や安全性を検証する」。具体的には、船は長さが60~70メートルほどの大きさのもので、①エネルギー効率の改善や単純化のために船上での水素利用を廃止して電動化できるようなプラント技術の開発(これは洋上航行を長くして港湾での滞在時間を短くするという経済性の向上につながる)、②船に設置する帆の翼面積の拡大と高効率の水電解装置の作用に向けた調査、③ウインドハンターの未開発技術の洗い出し、などを行う計画だ。

次いで2030年頃を目処とするステージ3では、いよいよ商用船の建造を始める。商用船は、長さが自動車運搬船と同じぐらいの200メートル程度となり、MCHタンクもステージ2の検証船の10数倍となる1万立方メートルを超える。「水素製造に必要になる純水製造のために海水から純水を製造する技術の開発や、想定した船の速さで最適に動く発電用の水中タービンの開発など多くの技術課題が残っています」(島)という。

コンセプトプランでは、商用船は乗組員のいない無人運航船が想定されている。そのために風のある場所に自ら向かい、そこで航行と水素製造を行い、指定された場所に自動で赴く。港に着くと、ドローンが係船索を陸上に運び、MCHが陸揚げされるとトルエンを補給し、現在地から最も風の状況の良いエリアを探して赴き、同時に再び水素を製造し始める。

そのために必要とされる技術の一つに、「風を読む技術」がある。レーザー光を大気に照射して大気中にあるエアロゾル(塵や微粒子)による散乱光を受信することで風の状況をリアルタイムで可視化できる「長距離風況観測装置ドップラー・ライダー」だ。半径15キロの風向や風速を判定し、そのデータに基づいて船は最適な行き先や効率的な運航方法などを決める。すでに東京~福岡間の航路で観測精度の検証や実用化への課題調査が行われている。

ゼロエミッションを小型・中型船舶でも実現できる
本命技術という側面も 

ウインドハンターは、世界で初めての、究極のゼロエミッション船の実現をめざすものだ。地球環境の保全という課題に対する重要な解決策の提示であり、その商用化では大型船が前提になっている。しかしウインドハンターは、決して大型船に限られた技術ではない。 

つまり漁船など小型・中型船舶にも導入できることに大きな革新性がある。小型・中型船にMCHをベースとする一連のシステムが搭載されると、世界の海での脱炭素の流れを一挙に加速させることができる。ウインズ丸という小型のプラントから始まった実験と検証は、システムの小型化についても多くの知見を残し、小型・中型船舶に導入するための応用技術は容易に開発できるだろう。 

商船三井は『環境ビジョン2.2』において「2050年までにグループ全体でのネットゼロ・エミッション達成」を掲げるが、それはただ商船三井にとどまるだけの目標ではなく、編み出した技術革新を世界の海に普及させようという決意でもあるのだ。 

 

~商船三井 技術研究所所長 島 健太郎 コメント~

世界で誰も造ったことのない船を創る 想像を創造に変える喜びを知る 

商船三井に入社してからは造船という船の誕生に関わる仕事だけでなく、廃船となった船の解体や売却などの仕事も担当しました。いずれにも共通するのは、それらは「すでにあった技術」だということです。 

しかしウインドハンタープロジェクトは、「ゼロエミッション船」という世界中で誰もやったことのない船造りへの挑戦です。これに研究所の同僚たちだけでなく、大学やスタートアップ企業の皆さんたちと協業しながら取り組んでいられる私のワクワク感を想像していただけるでしょうか。 

2020年のプロジェクト開始以来、教科書がないところから一つひとつ、実験や検証を重ねてきました。うまくできないことを繰り返しながらも、小さなヨットが気持ち良さそうに走り水素を製造しくれるようになったとき、「想像から創造へ」の取り組みが、どれほど力強く勇気に満ちて人を奮い立たせるものであるかを知ったのでした。 

ウインドハンターの技術開発は、山登りにたとえればまだ2合目か3合目あたり。本当の産みの苦しみはこれからやって来るのでしょう。でも私たちプロジェクトメンバーは、すでに創造の喜びを充分に知っており、ひるむことはないと確信しています。 

それにしても商用船が完成したら本当にたまらない気分に襲われるのでしょうね。一日も早く、そんな気分を味わってみたいものです。 

商船三井技術研究所所長 島氏

※本記事は2024年5月に実施されたインタビューを基に作成しています。

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WIND HUNTER (ウインドハンター)
商船三井(MOL)Solutions

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