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Beyond ESGシリーズ:ユニバーサル・オーナーシップと企業行動 (後編) ~気候変動、自然資本/生物多様性への対応~

  • 海運全般

2024年02月14日

企業の中長期的成長の観点からESGが投資家、企業両者にとって重要な概念であることには変わりませんが、一方で、気候変動、自然資本/生物多様性の状況悪化という現状に鑑みると、ESGの考え方だけでは不十分であると思われる時期に来ていることも否めません。そこで、これから求められる企業行動について”Beyond ESGシリーズとして、ご紹介して参ります。

前編では、今日のESGへとつながる歴史的背景から、企業・投資家の両視点での考え方・行動の変化について説明しました。後編である本ブログでは、こうした背景を踏まえて、経済・社会の土台が危機的状況にある現状に対して、企業にはESGの考え方を超えた行動が求められているのではないか、という視点からの考察をお届けします。

Beyond ESGシリーズ:ユニバーサル・オーナーシップと企業行動 (前編)はこちら
→Beyond ESGシリーズ:ユニバーサルオーナーシップと企業行動 ~気候変動、自然資本/生物多様性への対応~

Beyond ESG

ここまで、歴史的、社会的変化の影響を受けてきたSRIの考え方の変遷からESGの登場および情報開示までを振り返り、投資家、企業双方にとって気候変動および自然資本/生物多様性問題が最重要なESG課題となっていることを纏めました。
しかしながら、地球サミットから約30年を経るなか、気候変動の影響が顕著になり、投資家サイドからの考え方にも変化がみられるようになってきています。それが前編で述べたユニバーサル・オーナーシップの発想です。特に、ここ数年における世界の気候変動による影響は「気候危機」と呼ばれるほど顕著になってきており、また自然資本/生物多様性についても同様に危機的状況にあることは表面化し、大きく影響を及ぼしています。
2018年、IPCC (註1) により公表された1.5度特別報告書によると、この先1.5度を目指す経路で対策が進められたとしてもサンゴの70%~90%が死滅するとされているのです。

(註1) 気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)2007年にノーベル平和賞受賞

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出所:IPCC 1.5度特別報告書を基に筆者作成


この様な状況下、前述したトリブルボトムラインの提唱者であるジョン・エルキントンが、2018年、自らそれを撤回するに至りました。理由として、多くの企業のトリプルボトムライン対策が形式的にとどまり、本質的な問題解決に至っていないことを挙げ、その考え方だけでは不十分として、「責任」、「強靭性」、「再生」というキーワードを挙げて、資本主義のシステムを「再生型資本主義」に変えていく必要があるとし、その到来をグリーンスワン (註2) という言葉で表しています。

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出所:筆者作成

(註2) BIS (国際決済銀行)で公表された、気候変動が引き金となって新たな金融危機が引き起こされるという意味でのグリーンスワンとはコンセプトが異なる。

一方、2022年に開催されたCOP27において、初めてロス&ダメージ (註3) が大きなテーマとして取り上げられ、基金設立の合意が決定されました。気候変動問題は緩和策と適応策を両輪とした対処が中心と考えられてきましたが、実は最初からロス&ダメージを含めた3つの軸でとらえるべき事象であったにもかかわらず、政治的理由によりこれまで中心的議題として取り上げられてこなかった経緯があります (註4) 。

以上の様な状況に鑑みると、投資家にとっても企業にとってもESGという概念をとらえる際には、社会の土台自体が危機的状況にあることを前提にする必要があります。一方、SDGsの観点からは、いまだにラベリングを行っている企業が多く、ウォッシュの温床となっていますが、SDGsコンパス (註5) において求められている「アウトサイド・イン・アプローチ (註6) 」という根本的考えに立ち返るならば、その最終ゴールはユニバーサル・オーナーシップの発想から引き出されるものと同様になるはずです。


(註3) 気候変動の影響で発生した損失や損害に対する対策や救済。

(註4) 歴史的背景を理由に、先進国から途上国に対する資金メカニズムの話につながることが先進国側にとって最大の懸念事項であった。

(註5) GRI、国連グローバル・コンパクト(UNGC)、持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)の3組織が開発したSDGsの行動方針。

(註6) 世界的な視点から、何が必要かについて外部から検討し、それにもとづいて目標を設定する。それにより、企業は現状の達成度と求められる達成度のギャップを埋めていくという目標設定手法


3出所:筆者作成

企業に求められる行動とは?

ESGという言葉が表舞台にたって10数年、残念ながらこの間に地球環境問題を含むEがかすむほど、その土台はさらに崩れかけてきています。企業にとって、ESGは機関投資家向けに企業価値を高めるためのアピール・ツールでしかないとすれば、それらは、擦り傷程度には効果があるかもしれませんが、現状はそのようなレベルではありません。

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出所:OECD資料を基に筆者作成


また、ティッピング・ポイント (註7) の存在を忘れてはいけないでしょう。その閾値を超えたならば、もう後戻りができないのです。しかもティッピング・エレメントの状況悪化は連鎖することとなっています。残念なことに、現在、大変深刻な状況にまで陥っていることは、アース・リーグを率いてプラネタリー・バウンダリー (註8) を提唱したヨハン・ロックストローム (註9) やスタンフォード大学教授・学部長のエリック・ランバン (註10) をはじめ、多くの科学者によって訴えられています。

つまり経済が営まれる社会の土台(地球)が危うい状態なのです。この根本が崩れると、社会・経済が全体的に立ち行かなくなることは、ハーマンデイリーのピラミッドやSDGsウェディングケーキなどでも示されています。


(註7) 地球の気候を構成する要素に質的かつ急速な変化が生じさせる閾値を指し、ティッピング・エレメントは地球システムにおいて、ティッピング・ポイントを超えてしまいそうな大規模なサブシステムを指す。

(註8) 地球の限界又は、惑星限界とも呼ばれ、人類が生存できる領域と限界点を定義する概念。

(註9) 地球規模の持続可能性を専門とするスウェーデンの環境学者。ポツダム気候影響研究所所長。SDGs Wedding Cakeの概念提唱でも知られている。

(註10) ベルギー、米国の環境学者。ルーバンカトリック大学教授兼任。ブループラネット賞、ボルボ環境賞、フランキ賞などを受賞。

 

5出所:ハーマンデイリーのピラミッドを基に筆者作成


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出所:Stockholm Resilience Centre (2023) を基に筆者作成

 

前編で述べたユニバーサル・オーナーシップの発想は、まさにこのような状況に端を発するものです。これは金融機関からの発想ではあるものの、そのコアにある考え方はすべての人類が自覚すべき内容です。人類社会の基盤をなす地球はすでに相当傷ついており、すべての生き物の集合体であるガイアは悲鳴をあげているのです。

気候変動問題においては、“2030年までが勝負である”、“2030年までの取組みがその後の世界の在り方を決定する”、など緊急危機対応を促す言動が活発化しており、投資家や情報ベンダー、格付会社なども含めたインベストメント・チェーンにおいては、様々な企業行動評価関連イニシアティブが立ち上がってきています。しかしながら、中には企業行動に対する判断基準が自分たちの領域確保のために、政治的もしくは恣意的に設定されているとしか思えないようなものも目に付きます。このような状況下においては、投資家も企業も共に、現在、どのような行動が真に必要なことかということを適切に判断する目を養うことが求められており、Evolutionary Trap (註11) にはまってしまっては手遅れになります。

気候変動、自然資本/生物多様性が危機的状況であるにもかかわらず、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエル―パレスチナ戦争が勃発しています。今、企業に求められる行動は、まずガイアを癒し、その土台の修復・再生にまでつなげていくものでなければならないという確固とした目的意識を持ち、行動によるインパクトの到達点がそこに行きつくものであることを確認した上でのESG課題と向き合うビジネス展開ではないでしょうか。


(註11) ここでは、急激な環境変化により生物が不適応な行動決定を下すときに発生する進化の罠を意味する。

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※本ブログは、執筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社の統一的な見解を示すものではありません。

丹本 憲

記事投稿者:丹本 憲

元国連環境計画(UNEP)本部プログラムオフィサー、帰国後は政府系、銀行系、証券系各シンクタンク等を経て2022年エネルギー営業戦略部主席ストラテジストとして入社。30年以上気候変動政策に携わらせていただいています。非常に多趣味ですが、とりわけ音楽なしの生活は考えられません。

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