BLOG ブログ

海運DXが運航の常識を覆す 安全運航推進と環境負荷低減を両立する「FOCUSプロジェクト」

  • 環境負荷低減
  • 海運全般

2024年11月29日

私たち商船三井は、2050年にグループ全体でのネットゼロ・エミッションをめざし、数多くの取り組みを進めている。そのなかで、データドリブンのシステムによる安全運航推進と環境負荷低減の両立に挑んでいるのが「FOCUSプロジェクト」だ。データが海運を変える。そこはまさに海運DXの歴史的な現場でもある。

データドリブンの大規模統合プラットフォーム

商船三井では「2050年グループ全体でのネットゼロ・エミッションの達成」を実現するために、多種多様な取り組みを行っている。改めて見ると、それらはあたかもいくつもの取り組みが川の支流のようにあり、それらが集まって「ネットゼロ」という本流をなす河川の水系のようにも見えてくる。

この水系を俯瞰すると、「中長期目標達成のための5つのアクション」が支流となっている。具体的には①クリーンエネルギーの導入、②さらなる省エネ技術の導入、③効率オペレーション、④ネットゼロを可能にするビジネスモデルの構築、⑤グループ総力を挙げた低・脱炭素事業の拡大、である。

環境ビジョン2.2目標JP「中長期目標達成のための5つのアクション」の図解

なかでも③の効率オペレーションは、「DarWINプロジェクト」という名を持ち、運航のあり方に大変革をもたらす取り組みだ。DarWINとは「Digital Approach to Reduce GHG With Integrated Network」の頭文字をとったもので、ダーウィンの進化論のように環境改善への取り組みが絶え間なく進化し、環境変化に対応していくという志を示している。

DarWINプロジェクトの概要

「ダーウィンプロジェクト」のロゴと具体的な取り組み

効率オペレーション=DarWINプロジェクトは、さらに3つの2次支流へと遡る。①運航船の膨大なデータを可視化する「システム」、②データを分析して効率運航を実践するためのリソースを確保する「体制」、③本船への迅速な共有やアクション依頼によって最適航路や出力での運航を徹底する「プロセス」、だ。今回紹介する「FOCUSプロジェクト」は、①のシステムの領域を担うものとなる。

商船三井マリタイムDX共創ユニット/マリタイムデータインテグレーションチーム(MINTG)のチーム長である小見慶樹は、「FOCUSプロジェクトは、商船三井が実海域で運航しているすべての船の、すべての運航関連データを利活用して安全運航の向上と環境負荷の低減を図ろうとするシステム開発です」と説明する。FOCUSとは「Fleet Optimal Control Unified System」の略で、データドリブンの統合的なシステムで最適な運航を実現しようという意である。

最適解の追及

効率運航に関する3つの取り組み

商船三井 マリタイムDX共創ユニット マリタイムデータインテグレーションチーム担当

商船三井 マリタイムDX共創ユニット/ マリタイムデータインテグレーションチーム 小見慶樹
(インタビュー当時)

5つのカテゴリー、40の機能
1万種類のデータで「船の今を見える化」

FOCUSでは、船の運航に関わるありとあらゆるデータをセンサーなどでリアルタイムに収集し、データを通信衛星経由で陸上に送り運航管理者などと共有できる。運用が始まったのは2018年だが、2022年10月には「PHASE2」がリリースされ、商船三井の所有船だけでなく傭船も含めたすべての船、約500隻を対象に運用されている。

MINTGでシステム開発を担っている三浦颯馬が、「貨物船は全長300メートルにも及び、一つの工場なりビルなりが移動しているようなもの」と言う通り、船は実に複雑な仕組みを備えている。しかも常に状況が変化している海に浮かんで航行しているのだ。そこでは膨大なデータが発生する。

PHASE2では、以下の5つのカテゴリーに分類されるデータが収集されている。

①航海情報の閲覧
②パフォーマンス分析
③船内機器モニタリング
④燃費節約施策関連
⑤その他の補助機能

これらは40の機能で実現され、約1万点のデータが、最短1分間隔で収集される。
例えば「Noon Report」。その名の通り、毎日、正午に作成する報告書で、前日の正午から当日の正午までの1日間での船の位置の変化、船速、燃料消費量、方向、風速、プロペラ回転数などをまとめて運航責任者や船主などに報告する。FOCUSでは、これらのデータは自動的に収集されて陸上のサーバーに蓄積される。

エンジンや発電機など船内の機器の状況をモニタリングしてデータを収集する機能もあり、船内アラームの通知機能も備えている。また、燃料を節約するために導入した省エネデバイスが狙い通りの効果を発揮しているかどうかモニタリングして評価できる機能も有している。

商船三井FOCUS概念図

「実海域の性能」を見出す

そもそもFOCUSは、船と陸の間で各種のデータを共有するための仕組みを商船三井と三井E&S造船が共同開発したのが始まりだ。それは2007年のことで、10年後の2017年にはデータ収集機能を強化した新システムが三井E&S造船によって開発された。商船三井ではこのシステムをベースに、運航会社が持つデータを盛り込み、さらに運航会社ならではのノウハウもソフトウェアに落とし込もうと考え、そのためにFOCUSというプラットフォームの構築が始まった。

データを取れるということは、時系列で見たり、相関を見たり、アラームを船と陸で共有できたりもする。「その上でシステム開発として特に注力しているのがパフォーマンス分析に関わる機能」(三浦)だという。

船は風や海流の変化、船体に塗られている塗料の性能、さらには船体に付着したフジツボの量等々、さまざまな環境の影響を受けながら動いている。もちろん、船の大きさやエンジンの性能も運航に影響を与える。凪の海は静かで船速は伸びそうだが、少々波が高くても追い風を受けた方が船速は上がり、燃料消費も少なく済む。
「各種のデータが得られ、解析できることで、さまざまな条件下における船の〝実海域性能〟を知ることができるようになりました」(三浦)

MOL商船三井 マリタイムDX共創ユニット マリタイムデータインテグレーションチーム

商船三井 マリタイムDX共創ユニット/ マリタイムデータインテグレーションチーム 三浦颯馬
(インタビュー当時)

2年前倒しで燃費効率改善目標を達成

FOCUSへの期待は船側からも陸側からも強い。データを共有して有事に備えたり、効率運航の方法を探ったりするのは、船側にも陸側にも大きなメリットがあるからだ。

効率オペレーションマイルストーン進捗状況jp-1例えば、これまでも各種の就航解析や故障予兆診断などには力が注がれてきた。しかし、それは属人的でアナログ的な解析であり、船にあっては船長以下クルーの力量に負うところが大きかった。データを共有できることで多くの人々の知見を結集でき、それを船にフィードバックすることで、船の安全運航や環境に優しい運航のレベルが上がっていく。

効率運航=DarWINプロジェクトでは、中期の達成目標として「2025年度に2019年度比でマイナス5%の燃費改善」を掲げたが、この目標はすでに2023年度に達成し、その実績値はマイナス7.2%だった。データを集め、可視化して解析の糸口を見つけたことで、これだけの成果を得られたのである。

保守にしても従来は、一定の期間毎に行うTBM(Time Based Maintenance=時間基準保全)しかなかった。しかしFOCUSを活用すれば、問題が起きる前に事前予測に基づいて対応するCBM(Condition Based Maintenance=状態基準保全)が可能になる。

FOCUSに寄せられている期待の大きさは、バージョンアップの際のユーザーフィードバックからもうかがえる。2018年のPHASE1から2022年のPHASE2のリリースまでの4年間で、盛り込まれた改善点は200を超えた。これらは一度にまとめてバージョンアップするのではなく、ソフトウエアができるとすぐに投入して使いながら問題点を洗い出すアジャイル方式で開発された。アジャイル方式で200を超える新規機能を投入できたのは、それだけユーザーの強い反応や意見があり、ユーザーが新規機能を試すのをいとわなかったからなのだ。

三浦は、「FOCUSは、ユーザーオーダーメードでつくってきました。従来は、報告書の作成やトラブル発生時の報連相に業務時間の7割ぐらいを取られていましたが、『FOCUSの導入で本来の改善業務に専念できるようになった』という声を多くいただきます。船を孤立させないということでも大きな効果を発揮できています」と語る。

AIはシステムのさらなる高度化と成長を促す

三浦は、「FOCUSは、船に関わるありとあらゆるデータを収集して可視化し、さらに解析して新しい知恵を創造する。そのための壮大なプラットフォームであり、まだまだ成長段階にあります」と言う。

FOCUSの次なる課題は、AIの活用も含めたシステムのさらなる高度化だ。三浦と同じくMINTGで、FOCUSのAI関連の開発を担っている朝田遼は、「AI活用の肝は、将来予測の精度の向上につなげられるかどうかにある」と強調する。
各種の機器をAIが監視していて、リスクの拡大や故障の発生を判定するといったレベルから、故障の発生前からAIが独自にシミュレーションで機器を劣化させて故障時期を予測するレベルにまで向上させてこそAI活用の真価が出てくる。デジタル上に物理世界のシミュレーション空間を構築して各種の設計変更やカスタマイズ、故障予知などに活用する「デジタルツイン」のレベルが問われるのだ。

「もちろん天候予測を基にした燃料消費と航路の最適なマッチングなど、輸送中の貨物へのダメージをゼロにする貨物管理の高度化などでもAIは貢献するでしょう。今は別なグループで開発が進められているさまざまな機能も、今後FOCUSをプラットフォームとして集約されると思います。船の『今』がすべて私たちの手の中にあって、効率運航と環境貢献を両立する。それは決して遠い未来の話ではありません」(朝田)

商船三井 マリタイムDX共創ユニット マリタイムデータインテグレーションチーム 担当

商船三井 マリタイムDX共創ユニット/ マリタイムデータインテグレーションチーム 朝田遼
(インタビュー当時)

MINTGはFOCUSについて、「船舶運航の新たなスタンダード」と標榜している。小見は「それは高次元に達したFOCUSのさまざまな機能が、まさに運航のあり方を変えるからだけでなく、船舶への投資でも新たな価値を提供するからです」と話す。

冒頭で、FOCUSは効率運航によって2050年ネットゼロ・エミッションの実現を支えていく「支流」のひとつだと紹介した。しかしその内容を知れば、それ自体が海運のあり方を変える新たな「本流」になり得る壮大な取り組みでもあるのだ。

FOCUSイメージEnvironmentalBlue_JP

FOCUS担当者

※本記事は2024年7月に実施されたインタビューを基に作成しています。
  • クリーン代替燃料ホワイトペーパー

  • 会社案内

  • 輸送・サービスについてのご相談

  • その他のお問い合わせ