2024年03月26日
Wind Challengerの開発の魅力に迫る本シリーズブログ、硬翼帆の特性を中心にご説明した前編に続き、中編では帆に注目することになった背景、開発段階で乗り超えた課題や関連する技術についてお届けします。
前編はこちら→最新の船も帆を備える時代が来る (前編)~Wind Challengerが示す「大型商船ゼロエミッションへの道」~
松風丸が「Ship of the Year 2022」に選ばれた際の選評にもあったように、大型の商用船に帆を付けるアイデアは、オイルショックが起きた1970年代後半にもあった。1980年に建造されたタンカー「新愛徳丸」は、鉄製の枠に合成繊維でできた帆を張った2本の帆を備え、コンピュータで帆を自動制御し、船形の改良と合わせれば最大で約50%も燃料を節約できた。だが、建造のための初期費用が多額なうえ、載貨タンク下にバラストタンクが必要なために積荷量が制限され、さらには石油供給が安定して燃料価格も下がり、この技術が普及するには至らなかった。
オイルショックを背景に開発された新愛徳丸
再び帆が注目されるようになったのはオイルショックという地政学的な問題ではなく、船からのGHG排出抑制という世界的な環境課題が深刻化しているからだ。国連の国際海事機関(IMO)によれば、世界の貿易量の約9割が船舶で運ばれ、国際海運から排出されるCO2の量は年間およそ7億トン。世界全体の排出量の2.1%を占め、ドイツ一国分の排出量に相当する。IMOは、2023年7月に開いた海洋環境保護委員会で、「2050年頃までにGHG排出ゼロ」という強化目標を加盟国の全会一致で採択した。
また、より効率的な硬翼帆を建造できる素材や、航行を支援するITなどの技術的側面の進化も大きい。道を拓いたのは元商船三井の船舶技術者で、東京大学の特任教授に就任していた大内一之さんだ。大内さんが特任教授となった2009年から、改めて帆の環境への有効性を確認する研究を始め、2017年まで3段階のプロジェクトを経てWind Challengerの実用化にこぎ着け、それがまさに「松風丸」という船に集約された。
水本は、「松風丸は、船そのものとしてはごく普通のばら積み船ですが、そこに最先端の科学の知見や技術、つまりWind Challengerが搭載されている点にこそ最大の特徴があります」と強調する。
技術・デジタル戦略本部 技術部 技術開発企画チーム 水本健介
Wind Challengerを可能たらしめた最大の理由は、新愛徳丸の時代にはなかった素材を採用できたことだ。私たちは帆と言えば帆布をイメージするが、Wind Challengerの帆は、鉄とアルミなどを桁材とし、表面の大部分をGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)で覆っている。FRPとはFiber Reinforced Plastics、つまりプラスチックを繊維素材で強化したプラスチックで、GFRPとはガラス繊維(Glass)にプラスチックを含浸させたもの。
1枚のGFRPパネルは11メートル×2メートルの長方形で、それを伸縮する各段の桁材にボルト締めしている。製造過程では、なかなか例のない長体のGFRPを成型することと精度の確保に神経を使う。
帆全体の表面積に占めるGFRPの割合は9割を超えるが、重量ではわずか10数%にとどまっている。GFRPによって、いかに軽量で耐久性のある構造が創造されたかが分かる。ちなみに帆の一番下の段は、荒天時に船上まで達する波浪(青波)の衝撃に耐えられるよう、すべて鉄でできている。
若林はさらに、既存技術の組み合わせ活用の重要性を語る。素材であるGFRPや帆を支える台座部分の回転機構、さらに船そのものは既存の技術であり、だからこそ高い信頼性を確保できる。
「既存の技術は、どれだけの時間どう使えば、どう傷み出すかが分かっています。そうした既存技術に硬翼帆というイノベイティブな技術を組み合わせると、革新的な技術が極めて高い信頼性と安定性を獲得できました。松風丸が、すでに6航海を終えて大きなトラブルもなく高い稼働率を発揮できているのは、まさに技術の組み合わせの妙であるのです」
FRPパネルの取り付け作業の様子
もう一つ、オイルショック時代とは比べようがないのがIT、特に自動制御や自動操舵技術の飛躍的な向上だ。Wind Challengerでは風向・風速をリアルタイムで感知し、帆の伸縮や回転などは、すべて自動で制御される。
その上で、有利な風を得ながら目的地に至る最良のルートを示す仕組みも独自開発した。「Weather Routing System」という最適航路探索システム自体は一般的に使用されているものだが、独自開発したシステムでは、気象予報データに基づき、帆による推進力補助を活用することで、Wind Challengerによる燃費削減を最大限享受できるルートを探索できる。このシステムにより、目的地までの最短距離である大圏航路以上に燃費を低減できるルートを自動的に探索可能になった。
硬翼帆の機能を究極にまで発揮させるソフトウエアもまたGHG削減にはなくてはならないものなのだ。
Wind Challenger専用のWeather Routing Systemを利用した場合の航路イメージ)
今後、我々商船三井がWind Challengerを通して目指す姿とは?
最終回“最新の船も帆を備える時代が来る (後編)~Wind Challengerが示す「大型商船ゼロエミッションへの道」~”はこちらからご覧ください。
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