2024年09月24日
LNG燃料フェリー開発プロジェクトの裏側をご紹介している本ブログ、後編ではプロジェクト着手の背景から、今後の取組、当社の目指す姿についてお届けします。
前編はこちら→
日本初のLNG燃料フェリーで、環境負荷の低減とモーダルシフトの実現を目指す (前編)
今回、商船三井が、LNG燃料フェリーの開発プロジェクトに着手した背景としては、主に以下の3つが挙げられる。環境負荷低減の取り組み、物流モーダルシフトの潮流、そして移動手段であるフェリーを船旅として楽しみたいというカジュアルクルーズ需要の高まりだ。
中でも、重油から安定したLNG燃料運航への転換を図ることで、温室効果ガスの削減に貢献することは、「商船三井グループ 環境ビジョン2.2」で、2050年までにグループ全体でのネットゼロ・エミッション達成を掲げる商船三井にとって、早急な着手が至上命題とも言える取り組みだった。
青山も「当社には約800隻の船があります。船は約3年かけて造られ、15年以上使われます。つまり、船のライフサイクルを考えると2050年までにはどの船も、もう一度、代替しなければなりません。そのことを念頭に置くと、既存ビジネスを継続しながら、2050年の脱炭素化達成に向けて私たちが『今』選ぶべき代替燃料は、LNGの他に考えられませんでした」と当時を振り返った。
商船三井のLNG運搬船
一方モーダルシフトだが、前章で少し触れた貨物輸送の手段を転換することによる環境負荷の低減という観点だけでなく、昨今はトラックドライバー不足が懸念される「2024年問題 (※1)」の解決策としても注目されている。モーダルシフト需要はこれからますます増大することが予想されており、そうした中で輸送キャパシティを増強し、ドライバーファーストな設備を備えた新造フェリーを投入することもまた、商船三井にとっては必然だったと言えるだろう。
「ただ、−162℃まで冷却され、体積が気体時の600分の1になったLNGは、外気に触れると、熱したフライパンに垂らした水のように、一瞬で600倍の体積の気体に戻ってしまいます。つまり決して扱いが簡単なものではありません。実用化が進んでいると言っても国内ですぐにそれができる船会社がそういくつもあるわけではなく、裏を返せば、そこに着手できるLNG輸送ビジネスに裏打ちされた十分な実績が当社にはあったということです」と青山は続ける。
燃料GX事業部 青山憲之
※1 2024年4月1日以降、日本で自動車運転業務の労働時間規制が厳格化されることによって生じる問題の総称。特にトラックドライバーの労働時間が短縮されることにより、輸送力に不足が生じることが懸念されている。
今回のプロジェクトの最大の課題は、国内でまだ実績が少ないLNG燃料の供給インフラを新たに開発整備することだった。
ディーゼル船の場合は、係留中の船に海側からバンカー船が近づき、Ship to Ship方式で重油を供給するのがスタンダードだ。しかし当時、LNG燃料でそのような使い方ができるバンカー船は国内に存在しなかった。そこで九州電力とLNG燃料供給に関する基本協定書を締結し、係留中の船に対して岸壁に駐車した大型タンクローリーからLNGを供給するTruck to Ship方式のバンカリングシステムを開発することになった。ちなみにこれは、同じく商船三井グループが運航するLNG燃料タグボート「いしん」が2019年に就航した際にも採用された供給方法でもある。ただしフェリーの燃料消費量はタグボートの比ではなく、供給時間の短縮も鑑み、「くれない」と「むらさき」ではスキッドと呼ばれる導管装置を用いてタンクローリー4台から同時供給するという新たな方法が採用された。
Truck to Ship方式での燃料供給イメージ
「一番大変だったのは海と陸のルールの違いです。普段海のビジネスをしている我々は海のルールですべての物事を考え、行動しています。ところが、供給インフラを開発するとなると、否応なく陸のルールが関わってくることになり、最初はそのあまりのギャップに戸惑いました」と青山は話す。
当初2ヶ月程度でまとまると見通しを立てていた協定書の準備ですが、内容を詰めようとするたびに『このシチューエーションならどうなるのか?』と新たな確認事項が次々と出てきて、締結までに半年近くの時間を要しました」と鳥居は全関係者のことも思いやりながら笑う。
どちらも、事故を防ぎたい気持ちは同じで、環境負荷を減らしたい思いも同じである。ただお互いにトラブルは避けたいため、なかなか要求を譲り合えなかったのだ。そこにきて、コロナという新たな問題も起こった。まだ誰もがオンライン会議に慣れていない頃、40人以上の関係者が集う重要な会議が軒並みオンラインに変更されてしまった。今では当たり前のことになったが、当時は多くの人が大変苦労したという。結局、青山らが主要な関係者と実際に顔を合わせて話ができたのは、プロジェクトが終盤に差し掛かってからだった。
燃料GX事業部 鳥居航
2023年1月13日、日本初のLNG燃料フェリー「さんふらわあ くれない」は大阪南港から出航。冬の空気に包まれて、新しい時代の到来を予感させる出発であった。それから3ヶ月後、春の息吹が感じられる4月14日には、姉妹船「さんふらわあ むらさき」も同じく大阪南港から静かにその旅を開始した。
「さんふらわあ くれない」と同スペックのLNG燃料フェリー「さんふらわあ むらさき」
従来、燃料調達部門の仕事は、あまりフォーカスされるものではなかった。ディーゼル船においては「燃料は調達も供給もできて当たり前のもの」だからだ。そういう意味でも、青山たちにとって今回のプロジェクトはかなりの困難が予想されるものだったと言える。海運業界は関係者が非常に多く、その契約構造も複雑なことで知られているが、交渉が難航したときなどは勢い余って「らしからぬ行動をとりかけたこともあった」と青山は笑う。
極端な話、コストを今の3倍かければフレキシブルで安全性も高い方法は他にも見つかるかもしれない。実際、社内外からそういう提案を受けることも少なくなかった。そんなときは図らずも社内調整役を買って出ることになり、そして少しだけ疲弊した。
「基本は譲れないことばかりで、難しいミッションでした。ただ、だからといって相手の方にこちらのルールを押し付けるのは違う。船側の特有の事象も諦めず丁寧に何度も説明を繰り返しました」と2人は口を揃える。
左:燃料GX事業部 青山憲之 右:燃料GX事業部 鳥居航
そうやって愚直にプロジェクトを遂行していった中で、青山には今も忘れがたいことがあるという。
「新造船は高い位置にタンクが設置されていて、従来のローリーの圧力だと供給がスムーズにいかない可能性がありました。そんなとき、通常の1.5倍ある高圧式ローリーを九州電力さんがわざわざ今回のために新しく作ってくれた。これはとても印象に残る出来事でした」(青山)
「日本で初めてのプロジェクト。ステークホルダーは多く確かに大変でした。しかし目指すゴールは皆同じなので、最終的にはいつも前向きな雰囲気の中で仕事することができていたように思います」と鳥居も続ける。
こうして無事に営業航海を開始した2隻の船は、公益財団法人日本デザイン振興会が主催する「グッドデザイン賞 2023 (※2)」を受賞した。同賞を長距離フェリーが受賞するのは33年ぶりの快挙とのこと。審査員からは、環境問題の解決やモーダルシフトの実現に寄与する国内初のLNG燃料フェリーの就航を実現したことに加え、企業の100年以上の歴史をネーミングや船内の仕立てに反映させたこと、さらにはQRコードによる情報提供やユニバーサルデザインを取り入れたターミナルなど、時代に即したアップデートも巧みに盛り込んでいる点などが評価された。
※2 日本で唯一の総合的デザイン表彰制度。製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、形の有無にかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごとをデザインととらえ、その質を評価・表彰する。
燃料GX事業部の次なる目標は、今回の成功体験を活かして船舶燃料の低・脱炭素化をさらに推進していくことだ。
2025年にはさっそく、大洗港(茨城県)~苫小牧港(北海道)間で新たに2隻のLNG燃料フェリーが就航する予定だ。
「茨城・北海道にも地域特有の環境条件や商習慣があるのでそのまま横展開というわけにはいきませんが、この数年間で蓄積された知見、そして経験を活かして、まずは営業航海までしっかり漕ぎ着けたいと思います」と青山は話す。
商船三井ではこの他にも、すでに運航を開始しているLNG燃料大型ばら積み船やLNG燃料自動車船に加え、大型原油タンカー(VLCC)のLNG燃料化も決定している。
大洗~苫小牧間で就航するLNG燃料フェリーの1隻「さんふらわあ かむい」
ただそんな中、青山らは環境問題に対する社会や世の中の要求レベルがより一段と高まっていることに少し危機感も感じているという。
「今回のLNG燃料フェリーの建造を決めたときにあった議論と同様、つい最近まで最先端のソリューションだったはずのものが『まだそんな事を言っているのか?』と言われるようになるまでのスピードが本当に早まってきています。しかし先に述べたように、建造に時間がかかり、一度就航すれば15年以上は使い続けることになるのが船舶です。その燃料問題を考える際には、これまで以上に長期的視点と大局観を持つことが不可欠になってくると考えています」(青山)
例えば現在、商船三井が取り組んでいる「家畜糞尿由来の液化バイオメタン(Liquefied Bio Methane/以下、LBM)のLNG燃料船での試験利用に向けた共同検討」などの取り組みは、まさにそうした姿勢の現れといえる。昨年は、北海道十勝地方の家畜糞尿から製造されたLBMを、舶用燃料としてトライアル使用する実証試験が伊勢湾内で行われた。ちなみに、バイオマス由来のカーボンニュートラルなLBMを舶用燃料として使用することは世界でも稀で、国内初の取り組みである。
「経済性や供給安定性など、実用化に向けてクリアしなければいけない問題は、LNG以上にまだ山程ありますが、こんな風に、『今、自分は、未知の世界を切り開いているのだ』という充足感を得られる機会はそうありません。LNG燃料船で現実的な低炭素化に向けた取り組みに関わりつつ、その一方で、2050年ネットゼロ・エミッション達成に向けた、未来を創る仕事にも関われるのが、この会社で働く魅力だと思います」と青山は話す。
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