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ネイチャーポジティブ 知っておきたい3つのこと

  • 環境負荷低減

2024年05月23日

企業活動を行う上で、世界中で気候変動に対する取り組みが当然のことと見做されるようになって久しいですが、次に企業が向き合うべき社会課題として提起されているのが「ネイチャーポジティブ」です。

2024年3月に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で策定され、公表されました。本戦略は、「ネイチャーポジティブ経営」(自社の価値創造プロセスに自然の保全の概念を重要課題(マテリアリティ)として位置づける経営)への移行の必要性、移行に当たって企業が押えるべき要素、新たに生まれるビジネス機会の具体例、ネイチャーポジティブ経営への移行を支える国の施策を具体化させたもので、本戦略の実行を通じて企業や金融機関、消費者の行動を変化させることを通じて、自然を保全する経済を目指すものです。今回はネイチャーポジティブ経済において企業に求められる内容を当社の取り組みと共にご紹介します。

1. ネイチャーポジティブとは?

ネイチャーポジティブとは、生物多様性などの自然資本の毀損に歯止めをかけ、将来的に回復軌道に乗せようとする取り組みを指します。3つのマイルストーンとして、①2020年をベースラインとし、そこから総体で自然の損失を発生させないこと(ネットゼロ)、②2030年までに総体でポジティブ(プラス)になること、③2050年までに十分に回復させること、が置かれています。

nature positive by 2030出典:The Definition  of Nature Positive(Nature Positive Initiative)

生物多様性が、気候変動や災害の抑止、感染症リスクの軽減や動植物の存続に欠かせないことは長年広く認識されてきましたが、「生物」の対象が広範に渡ることや、一部の生物が絶滅しても多くの人々にとっては喫緊の脅威と実感されにくいことなどを理由に議論は停滞していました。しかし、2020年の国連生物多様性サミットで初めて「ネイチャーポジティブ」という言葉が使われ、WEFのレポート“The Future Of Nature And Business”で、「世界のGDPの半分以上に当たる約44兆ドルが自然の損失によって潜在的に脅かされている」と指摘されたことや、ネイチャーポジティブという言葉のキャッチーさも手伝って、再び議論が活発化することとなりました。
その後、2021年のG7サミットで「2030年自然協約」が採択され、各国がネイチャーポジティブへのコミットに合意したことに続き、2022年12月にカナダで開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、企業や投資家の行動に焦点を当てた議論が行われ、2030年までの生物多様性に関する世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組(通称 GBF)」と、23の行動目標が採択されました。これらの目標には、「#3 陸域、水域、海域の重要地域の30%を保全(30by30)」や「#6 外来生物の新規参入や定着を50%削減」のような数値目標や、企業への要請が多く盛り込まれており、ネイチャーポジティブは、今やカーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーに次いで、企業が取り組むべき重要な社会課題となりつつあります。

出典:Nations agree to ‘historic’ deal to protect a third of the world’s biodiversity
#COP15 Wrap (国連Youtube公式チャンネル) 

2. 企業に求められることとは?

1. 事業を通じた復旧・貢献

かつては、企業の生物多様性や生態系保護への取り組みとしては、事業とは関連の薄い植樹活動や海岸清掃などが多数でしたが、S&PグローバルSustainable1で ESG関連の企業エンゲージメントを担当する眞々部氏によると、現在は投資家を中心とするステークホルダーからの理解を得るという観点から、事業を通じた貢献が求められているといいます。
既にカーボンニュートラルに対する企業の取り組みが、「事業を通じて排出する CO₂をいかに削減するか」に重きが置かれているように、ネイチャーポジティブについても、「事業を通じて自然資本や生物多様性に与えてきた損害をいかに食い止め、復旧させるか」という観点からの取り組みが重要であると言えます。

2. 情報開示-TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)

企業の事業を通じた貢献が求められていることの裏付けとして、COP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組と23の目標では、企業や金融機関に対して「#15 生物多様性へのリスク、依存、影響を評価し開示することを求める」と明記されました。企業に開示を促す動きとしては、COP15より一足早い 2021年6月に、財務諸表だけでは見えない企業の自然資本と生物多様性保全の取組みを可視化することを目的とし、グローバルな情報開示枠組みを提供するタスクフォース「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」が設立されています。2024年4月現時点で賛同する企業や機関は世界で約 1,500機関、そのうち日本は約220機関です。なお、当社もフォーラムメンバーに名を連ねています。
このようなグローバルに情報開示を促すタスクフォースとして、既に「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」が存在しますが、財務諸表では測り難い、企業の社会的価値を可視化する情報を任意的な枠組で開示するものであるため、例えば国内船社各社のTCFD に基づく開示情報の項目や粒度が大きく異なる*ように、TNFD に基づく開示情報も企業により様々となることが予想されます。
2023年9月に公開された、各社が情報公開時の参考とするTNFD最終提言では、14のセクター共通のコアグローバル指標が定義されました。原則、各社は全てのコアグローバル指標を開示することが求められますが、開示できない場合は、理由を記載の上、順次レベルアップすることが認められています。そういった背景もあり、企業の公開情報はしばらくの間ばらつきが生じることが予想されます。
 
Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresグローバルコア指標を一部抜粋
出典:
TNFD事務局:Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures からグローバルコア指標を一部抜粋
 
 
*当社が作成・開示する情報では、各気候変動シナリオに基づき想定される要因(荷量変動、燃料費、炭素税、新規事業等)について、算出した財務インパクトを具体的な損益変動まで踏み込んで開示しています。
足元から2050年への損益変動要因

足元から2050年への損益変動要因(1.5℃シナリオ、単位:億円)
気候変動対策 / TCFD提言に基づく開示

3. 当社の対応状況は?

当社は長年、生物多様性や生態系保護に取り組んでまいりましたが、企業の社会的価値の向上に主眼を置いた近年の「ネイチャーポジティブ」への取り組みをご紹介します。

前述の通りTNFD に賛同しており、COP15で採択された「2050 年自然と共生する世界」を目標として、自然資本・生物多様性に対する取り組みを進めています。

MOL Mauritius website
最も象徴的なのは、2020年にモーリシャスで発生したWAKASHIO の座礁・油濁事故を受け、現地法人 MOL(Mauritius)Ltd. を設立して進めている、マングローブ林、サンゴ礁の回復・保全、鳥類の保護・研究活動や、漁業支援等の地域社会貢献活動への取り組みです。
また、当社はサステナビリティ計画 MOL Sustainability Plan において、「海洋環境及び生物多様性への悪影響の軽減」という目標を掲げ、モーリシャスでの活動を含む具体的な取り組みをホームページ上で紹介しています。

バラスト水処理装置

水生生物の越境移動防止のため、バラスト水処理装置を搭載。2023年4月時点で新造船、既存船合計252隻に対し、装置搭載を完了。
ballast water処理装置搭載累積隻数と計画進捗率(当社グループ保有船)

船体付着生物管理

船体に付着した海洋生物が越境移動防止のため、船体に環境に優しく生物付着を防止する塗装を施す等の対応を実施しています。船底付着物

 

騒音による海中生物への悪影響の低減

商船三井テクノトレード株式会社が販売する省エネ装置 PBCF(Propeller Boss Cap Fins)を搭載することで、GHG排出削減に加え、クジラやイルカの生活環境に悪影響を及ぼし得る水中騒音を低減します。

 

海洋マイクロプラスチック・海洋ごみの回収と調査

三浦工業株式会社と共同開発したマイクロプラスチック(5mm以下の微小プラスチック粒子)回収装置を運航船に搭載し、航行中に海中のマイクロプラスチックを回収します。

 

「海の豊かさを守る」“Ocean180”プロジェクト

琉球大学が進める同プロジェクトに参画し、船舶運航データ等の提供、海洋生物データと海運データを統合した海上物流における影響の可視化技術の開発に協力。収集したデータをさらなる取り組みに生かします。

インドネシアにおける取り組み

WAKASHIO 座礁・油濁事故後の自然環境回復事業を通じ学び得たマングローブ保護の重要性を具現化する活動として、インドネシア・南スマトラ州でマングローブの再生・保全活動のためのブルー・カーボンプロジェクトに参画する他、シルボフィッシャリ―の導入により、持続可能な水産・森林経営を通じて地域住民の生計向上を支援しています。

国際イニシアティブ等への参画

前述の通り当社はTNFDフォーラムに 2022年11月に参画しました。2024年1月には、2024年度の自然関連財務情報を2025年度中に開示推奨枠組みに従って情報開示を行う意思表明である、TNFD Early Adopterとして登録をしました。現在、環境・サステナビリティ戦略部主導で、情報開示の準備を進めています。
他にも、COP15で示された「#3 陸域、水域、海域の重要地域の30%を保全(30by30)」の国内での実効的な推進を目指す官民有志連合「生物多様性のための30by30アライアンス」に当社とダイビルで参加するほか、「国際マングローブ生態系協会」等に参加し、他企業や組織との連携を進めています。

sustainability factbook 2023

サステナビリティを左右する究極の要素

気候変動に起因する異常気象や海面上昇は私たち人間にとって被害が実感されやすいほか、GHG 排出量や気温などの情報が定量化しやすいこと、また脱炭素とビジネスとの親和性の高さから、これまで社会や企業はカーボンニュートラルを中心とする気候変動策に傾注してきました。しかし、気候変動対策によってすべての環境課題を解決できるわけではなく、自然資本や生物多様性もまたサステナビリティを左右する究極の要素であり、気候変動と同様に企業が取り組むべきマテリアリティの1つです。
TNFD 確定版の公表を経て、投資家をはじめステークホルダーの関心も一層高まっており企業活動が自然や生態系に与えてきた影響を可能な限り定量的に把握し、損失の削減と回復に向けた取り組みを強化し、それを分かりやすく対外的に発信していくことが重要となります。


また、カーボンニュートラルが再生可能エネルギーや電化、二酸化炭素活用ビジネスを、サーキュラーエコノミーがサブスクリプションサービス等を発展させたように、ネイチャーポジティブも新たなビジネスチャンスと捉えることもできます。WEF は前出のレポートで、ネイチャーポジティブ経済に移行することで 2030年までに3億9500万人の雇用創出と年間最大10兆ドルのビジネス機会が見込めると指摘しています。企業にとっては、ネイチャーポジティブに貢献しつつ事業領域の拡大が可能な仕掛けを作るといった、攻めの姿勢も必要となってくるのではないでしょうか。

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MAI.S

記事投稿者:MAI.S

外資系海運会社勤務や中国滞在を経て2014年中途入社。ばら積み船の運航担当後、2019年4月からマーケティング部門にてドライバルク顧客向けポータルサイトLighthouseを担当。ユーザーに寄り添いながら、お客様目線のサービス開発と推進に努めています。週1のヨガが息抜きタイム。

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