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海上の荷動きからみる 食糧不足への可能性

  • 海運全般

2022年09月02日

日本を含む世界中で食品が値上がりしており、特に中東・アフリカでは深刻な飢餓の広がりが懸念されています。
今回は、その原因の一つといわれているウクライナの穀物輸出の状況と、海上荷動きへの影響について解説します。

世界の食糧庫、ウクライナ

ウクライナは日本の約1.6倍にあたる約60万平方キロの面積を有する東ヨーロッパに位置する国で、ソ連崩壊により1991年に独立しました。旧ソ連時代のウクライナは、連邦内の分業体制の中で鉄鋼、造船、航空宇宙産業などの軍需産業、そして小麦を中心とした穀物生産を担っており、これらは現在のウクライナ経済においても重要な役割を果たし続けています。
ウクライナの主要産業の一つである農業を支えているのがウクライナ語で「チェルノーゼム」と呼ばれる黒土で、世界有数の肥沃な土として知られています。ウクライナの土壌の約6割をこの黒土が占め、第2次世界大戦中に侵攻してきたナチス軍が貨車に積んで運び出そうとしたと言われるほど良質です。国土の約7割を農地が占めており、農地面積は4131万ヘクタールと日本の約10倍に相当します。
ウクライナは農林水産業がGDPの9.3%を占め、農作物の輸出額は278億ドルで、輸出総額の41%を占めます(2021年)。チェルノーゼムで育まれた穀類がヨーロッパ各地に輸出されることから、ウクライナはかつて「欧州のパンかご」と呼ばれていましたが、現在ではアフリカ、アジアにも農産物を輸出しており、「世界の食糧庫」として知られています。米農務省(USDA)の統計による2021/22年の輸出シェアは、小麦で10%、トウモロコシは14%を占めています。

ウクライナの国旗の青色は空、金色は小麦を表す

 

 

 

 

 

 

ウクライナ国旗の青色は空、
金色は小麦を表すと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

ウクライナの輸出入統計2021-2022

Source:USDA Grain World Markets and Trade

黒海封鎖による輸出への影響

ウクライナ侵攻に伴ってロシア政府は黒海の港を封鎖し、2月24日以降、ウクライナの黒海に面する港に寄港した船は途絶えていました。ウクライナの農作物の9割超は、南部オデッサなど黒海の三つの港から輸出されてきましたが、黒海封鎖により西部国境の鉄道経由や、ドナウ川経由といった代替ルートでの輸送を強いられ、輸送量は大幅に制限されました。その結果、年間輸出量の約半分にあたる25百万トン以上の穀物がウクライナ国内に滞留しました。
黒海封鎖が世界、とりわけ中東やアフリカにおいて食糧不足を招いているという国際的な批判の高まりを受け、7月13日、ロシアとウクライナは国連とトルコの仲介のもと、黒海に穀物輸出のための回廊を設けることで合意しました。黒海からのウクライナ産穀物輸出再開第1号となった貨物船ラゾーニは、約2.65万トンのトウモロコシを積載し、8月1日にレバノンに向け出港しました(ただし、レバノンは到着遅延を理由に受け取りを拒否、トルコで一部貨物を売却・荷下ろししたものの、依然2.5万トン以上を抱えて彷徨っているとされています)。回廊の開通当初、出航した貨物船はもともと足止めされていた船舶が積み荷を積んで脱出したものがほとんどでした。積み荷の大半は飼料用やエタノール生産用のトウモロコシで、いずれも倉庫に5カ月以上保管されていたものとみられており、無事出港したとしても、品質を理由に買い取りを断られる可能性があります。また、護衛船等により黒海内は混雑が予想されており、滞留する多くの貨物を捌くには、引き続き、鉄道での輸送のほか、ドナウ川経由やルーマニアやモルドバといった近隣国の港からの輸出も必要とみられています。

海上荷動きへの影響

IHS Markitの報告(5月30日)では、2022年のウクライナからの小麦輸出は2021年の20百万トンから8百万トンと60%減少すると見通す一方、生産が順調だったEUやオーストラリアは輸出を増やし、世界全体の輸出量は前年の156百万トンから141百万トンと9.8%減少すると予想されました。
ウクライナ産の小麦は、品質は低いが安価な為、経済力の低い中東・アフリカ諸国が多く輸入しています。こうした国々がより高価で輸送費用の高い他国産へ切り替えるのは容易でないとの見方から、世界的な貿易フローが大きく変わる可能性は低いと見られています。

 

小麦主要輸出国別推移2019-2022

小麦主要輸出国別推移2019-2022

トウモロコシについては、ウクライナからの輸出は61%減少する見込みですが、豊作が期待されるブラジルからの輸出が67%増加し、世界の輸出量は0.3%の微増が予想されています。
ウクライナ産トウモロコシの主要輸入先であった中国は、当面米国産で手当てしているとみられていますが、2月にロシアと小麦の輸入拡大について合意しているほか、5月にはブラジル産トウモロコシの輸入を可能にするための検疫要件で合意しており、今後両国からの代替調達が増える可能性があります。
同様にウクライナ産トウモロコシを飼料向けに輸入していたEUも、ブラジル産トウモロコシに振り替えるのではないかとの推測があり、今後の貿易動向に注視が必要です。

 

とうもろこし主要輸出国別推移2019-2022

トウモロコシ主要輸出国別推移2019-2022

ロシアの状況

ロシアは詳細な月次貿易統計の公表を停止しています。しかし米農務省の推計では2022/23年度のロシア産小麦は生育も順調であり、輸出量は40百万トンと前年度から21%拡大すると予想しています。
黒海に面したロシアのノヴォロシスク港の船舶の発着数は侵攻前と同水準を維持しており、現地報道によると、4月時点の輸出量も平年並みから微増の2.6百万トンを維持していました(農林水産省調べ)。6 月末に100 ドル/トンを上回る水準に達していた可変輸出関税が7 月以降はルーブル建てに変更され、ドル換算では割安になるとみられていることや、6 月まで設定されていた800 万トンのロシア産小麦の輸出枠が解除されたことを背景に、ロシアに対し経済制裁を実施していない中東、アフリカ諸国や中国等が、今後も淡々と輸入を続けていくとみられています。

肥料不足 ~ 強まる食糧不足懸念

ロシアのウクライナ侵攻が招く食糧問題は、ウクライナからの穀物輸出減少にとどまらず、ロシアからの肥料輸出の減少、供給不足による肥料価格の高騰にもおよびます。
リン酸、カリ、窒素は3大肥料と呼ばれており、近代農業には欠かせません。ロシアは世界の窒素肥料の20%近くを輸出、また、制裁を受けた隣国ベラルーシと合わせて世界のカリウム輸出シェアの40%を占めています。欧米による制裁とロシアの肥料輸出規制のために肥料価格は急騰し入手困難となっています。
ブラジルやEUなど農産物の輸出で知られる多くの国々では肥料をロシアからの輸入に依存してきました。また、農作物を輸出せずとも、国内消費用の農産物に用いる肥料を輸入に頼る国もあります。肥料問題は世界中のあらゆる農業に及び、小麦やトウモロコシのみならず、すべての食糧生産を減らす恐れがあるのです。

肥料価格推移

出典:https://blogs.worldbank.org/opendata/fertilizer-prices-expected-remain-higher-longer

各国は、代替調達先の確保や備蓄の放出、自国の食糧保護の為の輸出規制の設定等の対応を急ぎますが、自力の対応が困難な中東では飢餓が現在の5倍の16万人に増えるとの推測もあります。
国連のアントニオ・グテーレス国連事務総長は、ウクライナが生産する食糧と、ロシアとベラルーシが作る肥料が国際市場に正常に供給されなければ、「世界的な食糧不足の恐ろしさに直面することになる」と警告しています。

当社は小麦やトウモロコシなどのばら積み貨物を輸送するドライバルク船顧客を対象として、貨物や契約に関する情報をはじめ、本船のスケジュールや気象・海象など、海上輸送に関する各種の情報を、荷主などの関係者と運航者が、安全かつ一元的に、それぞれにカスタマイズされた形で、リアルタイムに共有・確認できるサービス”Lighthouse”を展開しております。

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