2026年04月20日
「人間ドック」という言葉は、船の点検・修理を行う「ドック」に由来していることをご存知でしょうか。
船舶は就航後に定期的なメンテナンスのため修繕ドックに入渠します。そして近年、トランプ政権が中国造船業への対抗姿勢を露わにしたことで、世界の新造船の約6割(CGT*1ベース)を建造する中国造船所の圧倒的な存在感が広く知られるようになりましたが、修繕ドックにおいても中国がその規模で大きくリードしているのです。
本記事では、船舶修理の要となる修繕ドックの基本から、地域ごとの特徴、最新の修繕事情、そして脱炭素対応の動向まで詳しく解説します。
(*1)
標準貨物船換算トン
修繕ドックは船舶の修理や点検を行う施設です。中でもドライドックでは、船を収容できる溝を掘り、入口の水門を閉めて水を排出した上で船体を固定するため、船底を含めた作業が可能であり、大規模な修理や改造に利用されます。
手前右がドライドック(出典:常石造船サイトより)
修繕ドックでは、その名の通り一般修繕作業のほか、定期的な各種検査や改造工事が行われます。船舶は、致命的な損傷がない限り、なるべく長く航海に従事する方が経済的であるため、修繕や改造は必要な検査を受けるタイミングで同時に行われることが多いのです。
公道を走る自動車には法律で車検が義務付けられているように、船にも構造・設備が安全及び環境基準を満たしているか確認するための検査があります。基本的に国際海事機関(IMO)が定める国際条約の規定に従い、船籍を置く国の政府もしくは政府が認めた船級協会による検査を受けています。検査には、5年ごとに行う定期検査(Special Survey)と、その5年間の中頃に実施する中間検査(Intermediate Survey)があります。
幾度もの航海を経て劣化した船体の修繕を行います。カーゴホールド・海水タンク・錨鎖庫等の船殻構造のメンテナンスや交換のほか、海洋生物の付着による燃費効率の悪化を防ぐため、船体外板のペイントを行います。
機関部では、主機関や補助機関の重要な部品を分解して清掃し、消耗した部品の交換や点検を行います。さらに、艤装品(船に取り付けられているさまざまな装置や設備)の設置や修理も実施します。
これらの装置には、揚錨、ハッチカバー、航海用レーダーのほか、居住スペースのエアコンや水回りなど、船内のあらゆる設備が含まれます。
(写真:船底にフジツボ等の海洋生物が付着すると、水流の抵抗が増え、速度低下や燃費悪化の原因となります。)
「レトロフィット(retrofit)」とは、既存の設備や機器に対して新しい技術や機能を追加・改良する改造工事を指します。船舶業界では、既存船に環境規制対応や性能改善のための装置を後付けすることが典型例です。例えば
・代替燃料対応(LNG、メタノールなど)への改造船体の用途の変更。LNG船からFSRU(浮体式LNG貯蔵再ガス化設備)への改造などが該当します。
2010年代後半以降は、環境規制対応のための改造工事が特に活発に行われています。2017年のバラスト水管理条約*2の発効によりバラスト水処理装置の設置が、また2020年のSOx規制*3の強化によりSOxスクラバーの搭載が急速に進められました。
2019年頃から、バラスト水処理装置(BWMS)とスクラバーの搭載工事が急増したことで、修繕ドックへの新規参入があったほか、既存ドックでも規模の拡大や新設備の導入が進められました。
(*2)
海洋環境に影響を及ぼす水生生物の越境移動の防止を目的とし、船舶のバラスト水及び沈殿物を管制及び管理するための国際条約
(*3)
船上(エンジンや発電機など)での燃料油の燃焼により生じる硫黄酸化物(SOx)による大気汚染を防止するため、舶用燃料油の硫黄含有率を規制するもの。2020年から一般海域で従来の3.5%から0.5%以下に引き下げられたが、SOxスクラバーを設置することで硫黄分濃度が高い燃料を使用しつつも、排気ガスからSOxを除去して規制値を満たすことができる。

バラスト水を通した水生生物等の移動。商船三井の保有船についてはバラスト水処理装置の搭載を完了しており、以降の新造船は全て搭載された状態で竣工します。(出典:商船三井サイト)
バラスト水処理装置は既存船への搭載期限(2024年9月)を迎えたこと、またSOxスクラバーはHSFO(High Sulfur Fuel Oil / 高硫黄燃料油)とLSFO(Low Sulfur Fuel Oil / 低硫黄燃料油)の価格差が縮小していることを理由に、それぞれの搭載工事は既にピークアウトしていますが、船舶の修繕需要自体は増加しています。
Clarksonsによると、世界の船隊規模の拡大を背景に、修繕需要は年平均3%のペースで増加しており、2025年には約11,800隻(貨物船2,000DWT以上、クルーズ船等は2,000GT以上)の船舶が定期検査を受けた見込みです。
世界の船隊の船齢を考慮すると、2026-27年には年間で12,000隻超が検査対象となる見込みで、修繕ドックは定期検査のラッシュを迎えることが予想されます。
また2025年に定期検査を受けた船舶の約70%は船齢15年以上と想定され、2016年には約45%であったことと比較すると明らかに船隊は高齢化しています。老齢船は若齢船に比して入渠期間が長くなる傾向があり、例えば船齢15年目の検査は10年目の検査よりも平均で約20%長く、入渠期間の長期化は修繕ドックの需要を押し上げる一因となっています。
GHG排出削減と脱炭素を進めるためのレトロフィットは増えていますが、まだ本格的な段階には入っていません。これらの省エネ技術には、以下のような設備が含まれます。
これらの設備は、2024年に約540件設置され、2025年も同じくらいの件数であった見込みです。ただし、以前にバラスト水処理装置やSOxスクラバーが急速に普及したときのような「急増」には至っていません。
今後は、船にCO₂回収装置を取り付けや、代替燃料(LNGやメタノールなど)に対応するための改造工事が増えると予想されています。しかし、2020年代に入ってから現在まで、それぞれの工事はまだ50件程度にとどまっています。さらに、2025年10月にIMOの臨時会合で、GHG削減のための条約改正案が採択されなかったこともあり、脱炭素に向けた改造が本格化するのはもう少し先になると考えられます。

電源開発株式会社向け石炭輸送船「黒滝山丸Ⅲ」に、既存船改造として世界初となるウインドチャレンジャー(硬翼帆式風力推進装置)の搭載が完了しました。(商船三井プレスリリース)
(イメージ図 出典:商船三井プレスリリース )
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現在は世界の船隊のほぼ全てがバラスト水処理装置の搭載を完了しており、レトロフィットの工事需要は一旦落ち着いています。2024年にEUの排出権取引制度(EU-ETS)の海運セクターへの適用開始に伴い、減速航行に適したバルバスバウやプロペラへの換装や、空気潤滑システムや軸発電システムといった省エネ設備の搭載など、船舶を改造することで排出権購入を抑えようとする船主は一定数見られます。
今後は船舶の燃料転換が鍵となるでしょう。
現在も新造船の多くは従来型燃料の使用を前提としているため、これらを代替燃料船に改造する場合、エンジン、燃料タンク、配管、システム、構造など大規模な工事が必要となります。代替燃料への転換にあたっては、船級規則の規定や国際ガス燃料船安全コード(IGFコード)*4等に沿って、既存の船舶の船体の中に新しい機器を設置するスペースを確保する必要があります。いわゆる「レディ」船*5では、将来の燃料転換工事に備えてあらかじめそのスペースが確保されていますが、それ以外の船は既存の設備が船内に配置されているため、貨物積載容量の減少を最低限に抑えつつ、いかにしてタンクスペースを確保するかが設計上の課題となります。
また、燃料転換のレトロフィットにあたっては、設計やエンジニアリングの段階から、フィジビリティスタディ(実行可能性調査)、既存燃料から新燃料に対応した器具・システムへの交換、海上公試などを含め、プロジェクト全体で約2年を要するといいます。もし将来的に燃料転換のレトロフィットが殺到すれば、修繕ヤードの需給ひっ迫やコスト高騰につながる恐れがあります。修繕ドックには十分な受け入れ体制の整備が望まれるほか、船主や船舶管理会社も必要な時に修繕ドックを確保できるよう、早めの備えが必要になるでしょう。
シンガポールのKeppel Shipyardにて、商船三井グループが保有する世界最大のFSRU「MOL FSRU Challenger」の改造工事を行った様子はこちらから👉:MOL FSRU Challenger アップグレードプロジェクト(前編)、(後編)
(*4)
LNG、LPGやメタノールなどの低引火点燃料を使用する船舶の安全性確保を目的とした国際的な規則。船舶、乗組員、および環境へのリスクを最小限に抑えるために、船上の機械設備の設置およびシステムの配置に関する基準を定めたもの
(*5)
将来的に燃料転換が可能なように設計・改造された船舶のこと
365日航海を続ける船にとって、定期的なメンテナンスと修繕は安全運航にも直結する大切な機会です。環境規制に対応した船体のアップデートも求められるなか、その舞台となる修繕ドックの重要性に、今あらためて注目してみてはいかがでしょうか。
参考文献:
海事プレス『修繕ドックガイドブック2024 』、『修繕ドックガイドブック2025』、
海事プレス『欧州修繕ドックの繁閑に変化 大西洋側繁忙、地政学によるトレード変化影響』
商船三井Solutionsサイト
『トルコ駐在8年の発見:海事産業の活況について(商船三井)』
2021年03月10日
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